老化
世界最長寿である日本人の平均寿命は男性81歳、女性84歳となりました。しかしこの数字は日本人が実際に亡くなっている年齢ではありません。実際の死亡最多年齢は男性で83歳、女性は88歳。つまり平均寿命の数字とはずいぶん差があるわけで、多くの人がふつう考えているよりも長い老後を生きていることになります。一般には65歳以上が高齢者とされていますが、最近では65歳から74歳を前期高齢者(young old)、75歳から84歳を後期高齢者(old old)、85歳以上を超高齢者(very old)と呼ぶようになっています。特に健康が問題になるのが75歳くらいからで老人特有の疾患が目立つようになります。高齢者の病気は治りにくく、日常生活に支障を来すこともあり、またいくつも病気をあわせもつという特徴もあります。とはいうものの、寝込まないで「死ぬまで元気」でいたいと願うのが人の常。長い高齢期に対抗すべく老後のからだについての話です。
心臓の老化現象
心筋(心臓の筋肉)細胞は再生しないので加齢によってすこしづつ衰えていきます。運動や感情の高ぶりで心拍数は増減しますが、その最高脈拍は1年加齢するごとに1拍づつ減少しています。乳児期の最高脈拍は220ですが、50歳になればどんなに激しい運動をしても170以上打つことはありません。これは心筋細胞がゆっくりと死滅していくことで心筋層がしだいに硬化し、心筋の柔軟性がなくなってくることが原因ですが、そのため心臓のポンプ力も低下してきます。また、心臓の刺激伝導系にかかわる細胞も75歳までに半分以下に減少していきます。そのため、75歳以上で心不全にかかる人が激増します。
脳の萎縮はこわくない
神経細胞は1日に10万個死滅していると言われています。確かに人の脳の重さは20歳代で最大になり、それ以降減少していきます。しかし、50歳代までは非常にわずかな減少であり、それ以降は急激に減少して、隣り合う年代との差がはっきり現れます。80歳代をピークにその後の萎縮は軽減して、90歳も100歳もあまり変化しないようです。このような時計的な変化を見ると1日10万個という数字はどうも信用できません。とはいえ高齢になると脳の機能の衰えは確実に起こってきます。感情や記憶をつかさどる海馬の細胞も60歳代では20%が失われると言われています。しかし、高齢になるほど脳の萎縮に個人差がはっきり出てきます。そのなかで100歳までしっかり元気で知的な生活をしている人の脳は萎縮も軽く、何より重要なのは脳全体のバランスが大変よく保たれているそうです。とくに大脳皮質では6層の円柱が無数に林立している形をしていますが、その6層の階層がまとまって消失している場合は脳内のネットワークにほころびが生じません。しかし、この消失が地震で2階、3階だけが壊れたビルのようにまだらに消失すると病的な症状が起きてしまいます。このような状態になる主な原因は脳梗塞(脳血栓)・脳出血といった脳血管障害です。つまり、脳細胞に行き渡る栄養のばらつきや片寄りが生まれたり、血液の毒性により脳細胞がやられてしまうからです。ゆえに、からだの健康を維持することが脳のバランスを保つ一番の健脳法であるわけです。
老人のストレス耐性
人が生きてゆくうえでストレスのない生活はあり得ず、精神的、肉体的、生物学的、化学的なさまざまなストレッサーと直面して生活しています。肉体的にストレス耐性があるというのは、例えばアルコールを飲み過ぎても悪酔いしないならアルコール耐性を持っている、つまり肝臓の細胞にアルコール分解酵素がありその代謝能力が高いということです。生物学的ストレス耐性があるとは、ダニや寄生虫などの有害な生物に対して抵抗力があるということで、化学的ストレス耐性は活性酸素やダイオキシンなど、毒性があるものに侵されにくいことを示しています。加齢とともにこれらの耐性や免疫力も弱まってくるので、高齢になるとインフルエンザ等のウイルスやO-157などの病原菌に感染しやすく、感染すれば死につながる危険性が高くなります。高齢者のストレス耐性は青壮年期に比べると約1/3に低下し、新たなストレッサーへの適応力は半分以下と言われています。
実際には80歳以上の高齢者になると風邪をひいても重症化したり治りが悪かったり、予備能力のなさが問題となるのです。
オシッコの話
歳をとると夜中に何度もトイレに行くと言われますが、これは腎臓の機能低下によるものです。30歳の生理機能を基準にすると80歳では腎臓の血流量は35%、尿の再吸収率は50%と低下します。動脈硬化の強い高齢者では昼間からだを動かしている時には手足の筋肉に血液が集中するため腎臓への血流量が低下し老廃物を尿として排泄するのが困難になります。しかし夜間睡眠中にはからだを動かさないため十分な血液が腎臓に回り老廃物を多く出すために尿がたくさんできるのです。また、加齢に伴って尿失禁の問題も起こってきます。これは尿道を閉鎖する括約筋が緩んでくるためで、特に中高年の女性では尿道が男性に比べ短いうえに骨盤筋群の衰えから、クシャミの拍子などに失禁する腹圧性尿失禁が多いようです。男性では前立腺肥大のために排尿がうまくいかないためにチビチビと漏れてしまう失禁があります。
老人の筋肉
からだを支え、動かすための筋肉を骨格筋と言います。骨格筋は大きく分けると収縮速度は遅いが疲れにくい遅筋(赤筋)と、収縮速度が早く大きな力を出せるが疲れやすい速筋(白筋)の2種類があります。ひとの筋肉は20歳前後に最も発達しますがその後からだ全体の筋肉は徐々に衰えます。中でも足の筋肉の衰えが一番早く、50歳を過ぎるころから筋線維の太さがしだいに低下していきます。20歳の筋力を100%とすると60歳の足の筋力は約50%、平衡能(閉眼片足立ちによる)は30%以下に低下しています。さらに老化が進むと、まず速筋繊維の方が急速に痩せていき、やがて遅筋繊維も痩せていきます。いったん痩せ始めた筋肉を元に戻すのは年齢が高くなるほど難しくなります。中高齢者が筋肉の萎縮や老化を防ぐためには、積極的にストレッチを行い、痛みがなければ筋肉に負荷をかける運動をする必要があります。若い頃からからだを動かすことを楽しみとしたり、運動を生活習慣にしている人は脚筋力の低下が少なくてすみます。
寝たきりにさせない(廃用性萎縮を防ぐ)
高齢者が骨折などで入院すると引き続き寝たきりになるということはよくあります。一旦動きが制限されると、筋肉の活動が低下し、関節の動きが悪くなります。また、骨への刺激もなくなることで全身的な廃用性萎縮が進んでいきます。廃用性萎縮自体はどの年齢にも起こることですが、高齢者の場合は回復が悪く、他のさまざまな廃用症候群へと結びつきやすいので特に注意が必要です。ケガにしろ病気にしろ、廃用症候群を防ぐには何といっても早期離床が大切で、高齢者の場合、安静にしすぎることはその後の容体を悪くすることになります。ふつう、高齢者は日常生活を送ることができれば活動量としては十分ですが、それができない場合でも、立つことができれば一日に3時間くらい立つ姿勢でいることが大切です。病気や老化によって歩行が不安定になると、外出⇒ 家の周り⇒ 家の中⇒ ベッドまわりへと活動範囲が狭まり、いわゆる家しばり状態に陥ります。用心の気持ちから行動が消極的になって廃用性萎縮を進行させることが多いので、用心しつつも活動を維持できるように工夫しなければなりません。
知的機能は衰えず
ヒトの知的な能力には「流動性能力」と「結晶性能力」とがあります。流動性能力とは、ものの名前を覚えたり並べた数字を逆に数えるといった単純な記憶の能力で、結晶性能力とは、教育や学習・経験といった文化的な影響をうけて発達する能力のことをいいます。年をとると衰えるのが流動性能力で、これは20才頃をピークとして年を重ねるごとに低下する一方です。これに対して結晶性能力は、40才〜50才代になってもまだ上昇を続け、高齢になっても容易に衰えません。政治家や重要な役職が高齢者でも務まるのは、総合判断力が70才くらいまで上昇し続けるからです。高齢者は運動能力が衰えるので動作が緩慢になり機敏な反応ができず、そのために知能まで衰えたとみられることがありますが、言語性知能は高いまま維持されます。これは文化芸術の分野において顕著で、学者や作家、画家には90才でなお活躍中という人もいます。こういった高い知的機能を保っている高齢者を社会的な活動の段階によってグループ分けし、グループごとに心理テストを行い、成績を比較してみたらあまり大きな差はありませんでした。これは現行の心理テストでは、知的老人の社会的活動を評価できない事を示しています。老人の知的機能は、環境や社会的・経済的条件、性格といった要素が複雑に絡み合って成り立っています。
眠れない高齢者
高齢者の睡眠障害は多く、訴えの多くは「眠りが浅くなった。朝早く目覚めてしまう。よく眠れないので疲れがとれず、日中ぼんやりしてしまう」などです。その背後にうつ病などの精神疾患を持つ場合もありますが、加齢の変化に伴う睡眠の質や量の変化もあります。高齢者が長時間熟睡できなくなる原因としては、
1. 単調な生活パターンになりがちで昼間の緊張が少なくなる。
2. 覚醒状態を維持する脳機能が衰えるため居眠りが多くなる。
3. 睡眠を誘発するメラトニンというホルモンの分泌が少なくなる。
4. 就寝時間が早くなり夜中や早朝に目覚めやすい。
5. ノンレム睡眠が浅くなる。
などがあります。これらの原因が複合的に作用して、幼児期に獲得した単相性睡眠のリズムが壊されてしまい赤子と同じ多相性睡眠に逆戻りしてしまうということがあげられます。睡眠障害には入眠障害型、中途覚醒型、熟眠障害型、早朝覚醒型などの型があり、それが複合的に出る場合もあります。いずれの場合も動物本来の眠り方である多相性睡眠に戻っただけであり、あまり神経質にならないように促します。また、一度目が覚めたら睡眠周期である90分くらいは眠れないのが普通ということを知っておくことも大切です。しかし極度の不眠症では、うつ病などの精神疾患の一症状である場合もあります。