「うつ」を治す

うつ病
 うつ病の典型的な症状は抑うつ感ですがそれに伴い精神的活力の低下、不安焦燥感、自律神経の失調などがあげられます。自責感、絶望感、悲壮感などにさいなまれてしまうと、からだも機能停止状態になります。社会全般のストレス重圧が強くなるにつれて、うつ病は子供から老人まで広い年齢層にみられます。全国の患者数は推計360万人以上と言われています。最近になってうつ病は誰もが罹る「心の風邪」だからもっと気軽に受診しようという風潮が高まってきました。事実、街なかにも精神科、心療内科などそれに類するクリニックが増えてきました。しかし、うつ病に関する情報が身近に増えた事で自分がうつ病だと思いこむ人が増えたのも事実です。うつ病は明らかに脳内の神経伝達物質の変調が原因であり、日常的な心身の不調とは質的にまったく違う事を認識しなければなりません。

 

うつ病は脳の心身症
 病気の多くはストレスと深い関係があります。ストレスは消化器系、循環器系をはじめ身体各部に機能的、器質的疾患を起こします。心因的なものと非常に関係の深い疾患を心身症という括り方をしますが、うつ病も脳に起こった心身症といえます。うつ病は心の病気ではありますが脳が長期的に受けたストレスの結果、脳内神経伝達物質のカテコールアミン(ドーパミン、アドレナリン、ノルアドレナリンなど)やインドールアミン(セロトニンなど)の刺激伝達機能が上手く行かなくなっている事がわかっています。体質的に脳内の神経伝達物質の代謝や機能に弱点のある人が、社会的環境、心理的ストレス、肉体的変化(思春期、更年期、老化)などの慢性ストレスによって代謝が上手く行かなくなり自律神経障害を含む身体・精神症状が起こると考えられています。脳は使う事で機能が強化されます。思考の傾向で不安や怒りの感情を持ち続けるとそれらを司る中枢(帯状回や扁桃)が刺激され続け強化されてしまうのです。一方、明るい思考を持ち続ければそれを司る中枢(側座核や中隔核)が強化されます。つまり日ごろの思考パターンや感情そのものが脳の回路パターンを作るのです。

 

うつ病の見分け方
 内科を受診するひとの20人に1人がうつ病だとみられています。多くの場合最初は精神的な愁訴よりも身体的な愁訴(疲労感・倦怠感)の訴えが多く出ます。外見的にも活気がなかったり、動作がつらそうで緩慢、表情が暗かったりします。さらに、不眠や食欲不振、抑うつ感だけではなく今まで好んでしていた事がやりたくない、日常的な行動や仕事が努力しなければ出来なくなった、先々を悲観的に考える、といった症状がみられればうつ病としての治療が必要な段階だと思われます。うつ的傾向にあるひとや再発予防という段階にあるひとにはカウンセリング的対応や行動療法などの認知療法が有効ですが、すでにうつ病を発症しているような場合は抗うつ剤と休養が治療の中心と考えるべきです。

 

日本人のうつ病
 うつ病になりやすい性格とは、几帳面、仕事熱心、堅実、律儀、責任感が強い、秩序志向など執着気質と言われる性格で、ドイツの精神病理学者テレンバッハはこうした性格に加えて、対人関係においても秩序志向や几帳面さが強く、他人に対して誠実で気を使い、衝突を避けるといった性格をメランコリー親和型と呼び、うつ病になりやすい型のひとつとしています。しかし、このメランコリー親和型のタイプというのは多くの日本人にとっては模範的で望ましいとされている性格です。つまり、日本の文化、社会構造、メンタリティーそのものがメランコリー親和型であり、うつ病の病前性格を理想としているとも言える訳です。しかも管理が強化された社会では、この型の人にとっては過剰適応から適応破綻につながりやすいのです。この型のうつ病では重症化すると自殺念慮も強くなりがちですが、抗うつ剤によく反応するため治療しやすいうつ病といえるようです。一方、最近では違うタイプのうつ病が増加しています。過保護で葛藤のない教育課程や母子分離がなされないままに成長するなどの自立不足によって起こる未熟的な逃避型抑うつです。性格や環境の影響が大きく左右し、依存や甘えが強く現実逃避になり、発作的に自殺を図ったりします。このタイプのうつ病は抗うつ剤に反応しにくく、長引く事が多く神経症に近いとみられています。いずれにしても感情に関する障害は文化や社会状況と関係が深く日本の文化的特性という面から考える事も必要でしょう。

 

女性特有のうつ病
 統計によれば女性のうつ病患者数は男性の2倍となっています。思春期に入るまでのうつ病の発症率は男女同等で11〜13歳の間に少女のうつ病率が急上昇し、15歳の時点で男性の倍になります。生殖可能な年齢で急増することから情緒や精神的問題と女性ホルモン産生が深く関係していることは疑いないようです。結婚や出産がきっかけでうつ病になることがよくあります。出産後2〜3日で理由もなく泣いたり、赤子に否定的な考えをもつ「ベビーブルー」という症状がありますが、これは感情変化であり通常1週間ほどで治まります。しかし、出産後4週間位までに現れるものでうつ病的症状が重なる「産後うつ病」は深刻です。女性ホルモンのバランスが急激に変化することで、気分を調節している脳の活動に影響しストレスに対する抵抗力が弱くなってしまいます。さらに産後はホルモンの変動という生理的なことだけではなく身体的、精神的にもストレスが増える時期でこれらが重なってうつ病が起きやすくなると考えられています。また、更年期もうつ病が発症しやすい時期です。ホルモン分泌の変調に家庭環境の変化や将来の不安などによるストレスが拍車をかけ「初老のうつ」を発症しやすくなります。

 

老人のうつ病
 中高年までのうつ病が内因性のうつ病であることが多いのに対して老人のうつ病では身体性や心因による傾向が強まります。風邪など何でもない軽い疾患が引き金になったり脳卒中やパーキンソン病などの脳内疾患から発症したりすることもあります。老年期になるとさまざまなものを喪失していく時期であり、そうした新しい状況がいっそううつ病へと追いやります。老人のうつ病の症状は便秘や頭痛・めまいなどを伴い、多岐にわたりますが共通するのは睡眠と食欲に障害が起こることです。貧困妄想や罪業妄想、被害妄想などで自分はいないほうがよいなどと信じ込むこともあります。また、身体活動も思考も低下して一見痴呆のようなうつ性の偽痴呆が起こることもあります。痴呆の多くが徐々に進行し不可逆なのに対して、これは痴呆の症状が急激に起こるのが特徴で、うつ性の偽痴呆であり抗うつ剤で可逆的に回復します。もっとも、高齢では薬の副作用も出やすく他の疾患の薬との相乗作用も起こりやすいため細心の注意が必要です。

 

アルコールは適量で
 飲酒も気分転換などで飲む適量の楽しいお酒であればよいのですが深酒をしたり、仕事の接待などストレスが高い中で多量のアルコールを飲むと気分が憂鬱になります。そのときの脳を調べると心の安定や気分をよくするのに重要な働きをする神経伝達物質のセロトニンが少なくなっていることがわかっています。過度の飲酒はこのセロトニン代謝を抑制すると考えられています。飲酒によりうつ気分や悲壮感へと気分障害が激しくなりやすい人は飲酒量を控えることが大切です。また、アルコールの多飲は、寝つきをよくしますが深い眠りが得られず数時間後にリバウンドで覚醒して睡眠リズムが乱れてしまいます。睡眠薬代わりのアルコールは要注意です。

 

うつ病は専門医に
 うつ病では体重の減少や不眠、気力減退、思考力低下、性的関心の消失などさまざまな症状を伴いますが一番注意することは自殺です。「どうしてこうなったのか」「早くこの状態から抜け出したい」「自分は必要のない人間」「死にたい」と自殺念慮が強くなります。この状態の人には不用意な対応をしてはいけません。例えば突然会社や学校を辞めたいといった決断をしてしまう場合がありますが、大きな決断は現時点ではしないようにアドバイスするべきです。励ましの言葉はさらに苦しめます。「がんばれ」「早くよくなれ」「しっかりしろ」などの言葉はタブーです。接するときは気持ちを推し量り、共感を持って対応する事が大切です。焦りの強い人には「焦らず時間をかけてゆっくり治そう」と気持ちに余裕を持ってもらい「うつ病は必ず治る病気」だということを認識し安心して専門医の治療を受けてもらうことが必要です。

 

うつ病の薬
 日本ではうつ病の治療に「三環系抗うつ薬」「四環系抗うつ薬」「SSRI」「MAO阻害剤」などが使われています。三環系抗うつ薬は化学構造式の中に3つの環があることからこの名が付き古くからあるタイプの抗うつ薬です。ほぼ全ての人に効果が期待できますが口渇、便秘、排尿障害、かすみ目や人によっては心臓や肝臓に障害が出るなどの副作用が一番でやすいデメリットもあります。四環系抗うつ薬は三環系抗うつ薬の副作用を軽くする目的で開発されたものですが効果の点でも軽くなります。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)はアメリカではブロザックが爆発的な人気で話題になりましたが日本では4年前に認可されフルボキサミン(ルボックス、デプロメール)が使われています。
 三環系抗うつ薬が複数の神経伝達物質(アセチルコリン、ノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミンなど)に作用するのに対しSSRRIはセロトニンのみに作用するため他の物質に関連した副作用が起こらないのが利点で心臓にも負担がかかりませんが副作用が限られる反面、効果も限られます。一般に軽度のうつ病に使われますが三環系抗うつ薬でなければ効かない場合もあるようです。
 薬の効果が現れるのは服用開始から約2週間後で副作用が先に現れます。抗うつ薬は一定の血中濃度を保つことで効果が現れる薬のため自己判断で服薬量や回数を減らしては何の効果も出ないようです。うつ症状が改善された後も再発を防ぐために6ヶ月は同量の薬を飲む必要があるようです。

 

うつ病の回復期間
 うつ病の回復期間がどれくらいかは一概にいえないようです。DSM−W(「精神障害の診断と統計マニュアル第4版」アメリカ精神医学会発行)ではうつ病の診断基準は少なくとも2週間以上続くものと定義していますが治癒するまでの期間は未定としています。うつ病には対象とする病型の差、うつ病の定義を広義にみるか狭義にとらえるかで違ってきます。個人的な生活環境や資質なども強く影響するのでなかなかはっきりした予測が出せないようです。日本国内のデータでは3ヶ月以内が約33%、9ヶ月以内が約66%、1年以内では約77%が治癒し、少数は2〜3年以上経過後、治癒したという報告があります。ほとんどのうつ病は期間の長短は別にして休養と抗うつ剤で治癒していますが、薬害を気にするあまり薬の服用を妨げてしまうケースがあります。専門医によるうつ病の治療はかなり完成されていて薬もその方法のもとに処方されているようです。専門医の指示に従った服薬を心がけ不審な事は医師に説明を求める事が大切です。

 

運動でうつ病予防
 適度な運動が抑うつ的な症状を軽減する事が知られています。ストレスが起こると情動中枢の神経回路が興奮して精神安定作用に働くセロトニンの分泌を抑制し不安や抑うつ感が増幅されます。この状態が継続的に続くことでうつ状態に入って行くのですが、それを予防するのに運動が有効なのです。運動は悩みと関係ない脳の神経回路を使うため悩みで興奮している神経回路が抑制されるだけでなく、セロトニンの分泌が促される事で活力も高まり睡眠や食欲の状態も改善されると考えられています。運動としてはウォーキングなどの有酸素運動を行いますが中高年の人は週3回で1回約30分で不安障害や軽症うつ病の予防効果があるようです。その運動も太陽の日差しを浴びながら行うとさらに効果が高まります。セロトニンは肉、魚、大豆といったタンパク質に含まれるトリプトファンというアミノ酸から作られます。セロトニン分泌は脳内の視床下部に光刺激が加わる事で増加します。さらに夜になると酵素の働きで睡眠に必要なホルモン、メラトニンになります。昼間、太陽の下で運動する事が脳を活性化させて元気が出るのです。

 

うつ病と代替療法
 テクノロジー医学(薬、注射、手術など)では対応できない分野に働きかける代替療法を行う私たちのような治療家のもとにも、うつ症状を訴えられる患者さんが多く訪れます。共通する所見は頭蓋底の圧縮、脊柱傍筋の過緊張、肋骨の可動域低下、頭部の浮腫、頭蓋骨の自動運動の消失がみられます。手技によってそれらの全てを改善させ、抗うつ剤の助けを借りながら前向きな思考を持つ事でからだが自然な状態に戻ろうとする力(自然治癒力)を賦活することが可能です。