休息とリラクゼーション
リラクセーション・休息・睡眠
ある患者さんに「ストレスを感じることはよくありますか」と問診中に尋ねたところ「毎日がストレスの連続で生きることそのものがストレスです」と言われました。
私は思わず心の中で「ごもっとも」とつぶやいてしまいました。からだの筋肉から全ての緊張を取り去ることができないように、私たちの生活から全てのストレスを無くすことはできません。もし筋緊張がゼロにまで低下したらからだはふにゃふにゃになって倒れてしまうように、ストレスが完全に消えてしまったらそれは生きている状態とはいえません。ストレスは私たちを取り巻く外界との相互作用の中に内在するものであり、それが過剰にならない限り、私たちはストレスによって成長し発達していくものなのです。
「ストレス」という言葉の語源はラテン語で「狭い」又は「きつい」を意味する言葉であり、したがってストレスとは、自由や動きを制限する何らかの力によって生じた不快や苦痛のことです。つまり不快の源は外部にあるということを示唆しています。それは私たちをリラックスから遠ざけようとして働きかける外からの力です。口うるさい上司、気が合わない夫・妻・嫁・姑、扱いにくい子供、通勤地獄、請求書の山、犯罪の脅威、政治不安、公害、病気への不安などは、全てストレスになり得るものです。
外的なストレスと内的なストレス
ストレスには外的なストレスと内的なストレスとの二つの側面があります。人生は難題や失望の連続であり、それらが絶えず私たちの安楽をかき乱す脅威になっています。たくましく生き、成長し、可能性を最大限に発揮するためには、そうしたストレスに対処して行かなければなりません。筋肉が抵抗を押しのけて動くことによって強くたくましくなるように、人間のこころも人生が差し出してくる困難に直面することによって大きくなっていくのです。困難がないところには成長もないはずです。
ストレスの内的な側面とは、人生における障害や不運に対する私たちの反応のことです。それらに対して不安・恐れ・怒り・抑うつの反応をすれば、その反応の状態そのものが確実にからだを蝕んでいきます。内向化したストレスがこころを揺さぶり続け、それが神経系のバランスを崩し、免疫系の働きを阻害し、やがては現代社会に蔓延しているさまざまなストレス性疾患へと発展していくのです。
リラックスを妨げるもの
多くの人はそれと気づかずに、不安や内的な緊張を高める何らかの因子から影響を受けているもので、リラクセーションの妨げになる物は取り除かなければなりません。その代表的な四つの因子について考えてみたいと思います。
《カフェインなどの興奮性薬物の影響》
カフェインをはじめとする興奮性の薬物は、緊急事態に備えるための交感神経を興奮させ、「闘うか、逃げるか」反応を生じさせます。その結果、動揺しやすくなり、不安や恐れが高まり、リラクセーション・休息・睡眠の妨げになることが多くあります。しかし私たちの文化では、コーヒー・紅茶・コーラ・チョコレートなどがあまりにも無思慮に用いられているために、それらが向精神薬物であることに気づいていない人がほとんどです。精神的なストレスのレベルを下げ、リラックスする能力を高め、わずらわしい出来事を無事にやり過ごしたい人は、まず手はじめに生活からカフェインやそれに類するものを追放することです。あらゆる興奮性薬物は交感神経を不要に興奮させてしまう性質がある以上、リラクセーションの妨げになるでしょう。
《音の影響》
音も神経系に強い影響を及ぼします。ある種の音は興奮レベルを高め、緊張や不安を引き起こします。家の外から聞こえてくるサイレンの音や、人々が喧嘩している声を聞いたときの感じはどうでしょうか?
音楽には意識に影響を与える特別な力があります。例えばオカルト映画を見て怖さに身の毛だつ思いをするのは映像よりもサウンドトラックのせいである場合が少なくありません。また、交通渋滞でのろのろ運転をしているときなど、刺激的なビートの音楽をガンガンなり響かせている車と隣り合わせになることがあり、車内の人達は軽い音楽でも聴くような顔をして平気でふるまっているのを時々見かけます。それを娯楽として聞くことには何の異論もありませんが、無意識のうちにBGN(バックグランドノイズ)として聞かされる音の神経系への影響については懸念せざるをえないのです。刺激的なリズムで神経系を興奮させるまでもなく、市街で運転すること自体がストレスの連続です。
どの音を意識の中に入れどれを排除するかの選択は、ある意味で食物の選択と似ています。それは広い意味で栄養の問題、心の栄養の問題だといえるでしょう。高揚・刺激・興奮を求め、身体的な暴力に備えたいという人は、その辺にあふれている音に耳を傾ければよく、リラックスを求め、外部からのストレスによって生じた緊張をほぐしたいという人は、その目的の妨げとなるような音には耳を傾けないようにしなければなりません。
《ニュースの影響》
ニュースもまたこころの状態に深い影響を及ぼします。ほとんどのニュースが私たちの不安を高め、新たな心配の種を作り、情動的な刺激への欲望に火をつける役割を果たしています。
情報社会の今、非常に多くの人がニュースを知らないではいられなくなっているのではないでしょうか。
遠い町で起こった殺人事件や誘拐事件、度重なる飛行機事故、海外でのテロ事件など、私たちは本当に知る必要があるのでしょうか。マスコミが大騒ぎをするニュースの大半は日常生活に直接かかわるものではないし、直接かかわる重大な事件が起こればすぐにも耳に入るものです。そのような情報を無意識に、習慣的に吸収するのはいかがなものか、それがこころの平衡に及ぼす影響をよく考えてみましょう。思い切ってニュース漬けの悪習を断ち切り、冷静な選択眼をもって必要なニュースを選んでみてはいかかでしょう。
《相手の動揺の影響》
一緒にいる相手が動揺すると自分のこころも動揺します。意識の中で一種の共鳴が起こるのです。穏やかで落ち着いた人と一緒にいれば、自分もこころの緊張がほぐれ、ことさら努力しなくてもある程度のストレスが自然に消えて行くのがわかります。反対に、興奮している人や怒っている人、不安を感じている人と一緒にいれば、自分も自然に相手と同じような状態になっていきます。いまつき合っている人に対して自分がこころの中でどう反応しているかに注意を向けてみましょう。そして、動揺したこころの持ち主との交際はできるだけ避けるようにすることです。
最適の健康を得るには適切な休養と睡眠が必要であるということはいうまでもありません。しかし実際には休暇中でも休養しない人が少なくありません。不安や心配を抱えているから休むにも休めないのでしょうか。 不眠を訴えている人は非常に多く、たいがいはこころの緊張が原因で、動揺するこころが安らかな眠りにつくときの邪魔をし、すぐ目を覚ましてしまい、寝足りた思いが味わえないのです。不眠を訴える人に、医師は精神安定剤や睡眠導入剤を処方します。それらはアルコールと似たり寄ったりの抑制的な薬剤である場合が多く、依存性があり、長期間毎日飲めば危険なものばかりです。睡眠薬を使っていいのは、どうしても眠りが妨げられた場合の短期使用だけです。それらの薬に依存せず、改めて、何らかのリラクセーション法を自分のものにしていただきたいものです。私は最も効果的なリラクセーション法は呼吸を意識的に制御する方法「呼吸法」だと信じています。
リラクセーション
どんな病気を治すプロセスにも心身のリラクセーションが重要であることは誰でも知っています。知っていてもそう簡単にセルフコントロールできないから、そこに技法が必要になるわけです。まさに"言うは易し行うは難し"のリラクセーション。
光とリラクセーション
光りには色があり、それぞれの色の光学密度には違いがあります。赤色は密度が一番濃く、逆に藍色は密度が一番薄くなっています。この中間にある緑色が人間の目にとって反応が一番弱いといいます。この光の色が人間にどのような影響を与えるかを1932年に米国の心理学者が科学的に研究し、人間は青い光りによって気分が和らぎ、赤い光りによって興奮することを発見しました。青い光は血圧を下げ、赤い光は血圧を上げます。また青い光が喘息の発作緩和にも効果があるという報告もあります。季節うつ病の人に強い光線を当ててサーカディアンリズムを調整する治療もあります。色による心理作用は昔から生活の中で感じられてきたことでしたが最近の科学では色彩療法という分野にまで発展してきました。リラックスしたいときは青色や緑色の多い所がいいようです。
香りとリラクセーション
アロマテラピーという芳香療法が注目をあつめています。ハーブから抽出したエッセンシャルオイルの匂いを嗅いで、気持ちを集中させたり、逆にリラックスさせたりと、ハーブの種類によってその効果は違ってくるようです。通産省工業技術院の研究では柑橘系の香りはストレス時に分泌するホルモンを抑えると報告しています。三重大学ではうつ病の患者に柑橘系の香りを病室で嗅がせたところ、免疫機能を高めるリンパ球が増え、さらにうつ状態の指標が健康人の数値になり、抗うつ剤の使用量が大幅に減少したという報告もあります。一般に植物の匂いは精神を落ち着かせからだの機能を高める働きがあります。
音とリラクセーション
リラクセーションにはクラシック音楽が勧められますが、クラシックの名曲は「1/f 揺らぎ」という自然界のリズムを持ち、それが心地よさを感じさせてくれるからです。こうした曲は次に訪れる音やリズムが聞いている人にある程度予測されるような安定した構造を持つために、安心して聞いていられるわけです。しかし人はいつも安定した「1/f 揺らぎ」の中に身を置きたいと思うわけではありません。例えば失恋などして精神的に不安定な場合に、自分を癒そうと安定した音楽を聴いても心は安らぐとは限らないのです。ニューミュージックやロツクの音楽は次の音やメロディーが予測できない「音飛び」といわれる不安定な構造を多く持ちます。これらの音楽では「1/f 揺らぎ」の部分が少ないのでゆったりと安心して聴くというわけにはいきません。しかしこうした不安定な構造も、不安定な心理状態にとっては心地よいものとなり得ます。人には同質の原理があって、自分の心理状態に近い物を求めるものでもあるからです。ゆえに、心が不安定なときには不安定な構造の音楽を聴き、徐々に落ち着いてきたら安定した構造を持つクラシックなどの音楽を聴いていくというのも上手な音楽の聴き方といえるのかもしれません。
アルコールとリラクセーション
仕事が終わった後に飲むお酒は気分転換にかかせないという人は多いと思います。胃腸から吸収されたアルコールは血液で全身に運ばれ、理性や言語・運動の中枢である大脳新皮質を麻痺させて、緊張感や不安を緩和しストレスの解消をし、心地よく酔った状態にします。この時の血中アルコール濃度は0.07%と言われ、日本酒2合か、ビール大瓶2本ぐらいです。さらに血中濃度が0.2%になると、大脳の新皮質は麻酔状態になり、理性は全く麻痺し、旧皮質に支配され、感情も不安定な状態になります。
ストレスが多いとその不安や緊張感を軽減するためについついお酒に依存します。外でお酒を飲んでいて、気が付いたら家で寝ていたと言う人がいます。これは、アルコールによる記憶喪失で、新しい記憶は大脳新皮質に古い記憶は旧皮質にあり、お酒で酔ってしまうと目や耳で感じ入ってくる刺激に対して、古い記憶を利用して判断してしまいます。新しい情報は記憶されないため、古い記憶で家路についているのです。飲める人でも飲んで気分がよくなるのは血中濃度0.07%まで。あとのお酒は記憶にも残らないからだにも精神的にもマイナスなお酒でしかないようです。
ストレッチはリセットボタン
筋肉が縮んでいるということは、筋肉が緊張している状態といえます。筋肉の状態は常に脳に伝えられているので、筋肉の緊張は脳の緊張であるともいえます。ところが筋肉は適度に引っ張られるとその情報が脳に伝わり、脳内で筋肉の状態をモニターしていたデータが書き換えられ筋肉の緊張状態が緩和されます。つまり、筋肉の弛緩は脳の緊張からの解放を意味していると言えるでしょう。
ストレッチをすると、それまでの緊張がリセットされ、次の運動がスムーズになります。また、ストレッチをすることで、縮んでいた筋肉の長さが戻ることにより伸縮のストロークが増え、関節の動く範囲も広くなり、からだは柔軟になってきます。そのことが、脳にとっても緊張の解消として意識され、リラクセーションへとつながっていきます。