如来部

 
釈迦如来(しゃかにょらい)
釈迦如来といえば当然のことながら、仏教の開祖釈尊の事です。
釈迦涅槃像なんかで有名ですね。像の形から、横になってゴロゴロしてリラックスしているんだなあ、と思っていた方、あなたは恥をかく前にこのページに出会えてラッキーでしたね。涅槃とは、入滅つまりは死んで消滅すると言う事なのです。
ですから、外出しようとする時に、いくら奥さんの化粧が遅いからとはいえ「涅槃で待」ってはいけません。

釈迦如来像は、釈迦の人生をあらわしており、有名なものを見ていくと、まず「誕生仏」というものがあり、これは天地を指さした童子形であらわされます。
さあ、釈迦最強伝説のはじまりです。
この像は、釈迦が誕生して即7歩歩んで天地を指さし「天上天下唯我独尊」と言った場面を示しています。
ちなみに意味は「宇宙に自分より尊いものはない」です。
凄いです。生まれて即言い切っちゃってます。流石です、凡人には真似が出来ません。

次の像容としましては、「樹下思惟(しゆい)像」があります。思惟とは「考えをめぐらせる事」で、釈尊が出家前に人や動物虫たちの悲しみやはかなさを知り、それをあわれんで樹下に思惟するのです。

そしてその次に、無常を感じた釈尊が城を抜け出して出家して、苦行を重ね、ガリガリになった姿の苦行像があります。
普通、生活が豊かであればあるほどそういう苦しみからは逃げ出したいものですが、王子が「無常を感じた」とかいう理由で家出をし、あまつさえ死にかけるとは、いやはや「曰く不可解」です。
余談ですが、「煩悶終(つい)に死を決する」に至り、華厳の滝から身投げした、第一高等学校1年生の藤村操さん、「日本初めての哲学者」ともてはやされたらしいですが、実はほのかに恋心を寄せていた文部大臣、菊池大麓の娘の松子さんが美濃部達吉という人に嫁いで行っちゃって、失恋した操君が自殺した、という説もあるんですね。それが本当だとしたら、やはり、人間なかなか釈尊のようにはなれないものですね。
ところでこのスキャンダル、詳しく知りたいと思って新聞の三面記事や週刊誌を探しても載っていませんのでご注意を。なにせ明治36年の話ですから。100年前の事件です。
追記:
朝日新聞(2003/5/22)の天声人語に彼の事が書かれていました。
なんと彼の英語の先生はあの「夏目漱石」でして、彼の死の少し前「予習もしてこない奴は授業に出なくていい」と叱ったそうです。すると操君、本当に出てこなくなったのです。その事を夏目漱石は結構気に病んでいたみたいですね。ここら辺は今日の教師が「授業の邪魔をする奴は出てけ」と叫び、生徒が本当に出ていくとあたふたするというものに似ていますね。もっと毅然とした態度で臨んでもらいたいと思います。いえ、畏れ多くも天下の夏目漱石に、あーだこーだ言ってる訳ではないので。そんな滅相もない・・・。
で、その時の操君には英語なんて眼中になかっただろうとおっしゃる方もいますが、もし前述のスキャンダルが本当で、なおかつ学校で叱られたというのであれば、嫌な事が立て続けに起こり、それこそ「煩悶」したのかもしれませんね。
 

結局苦行では悟りを開けなかった釈尊ですが、さらに頑張って悟りをひらこうとします。それを見た悪魔達が邪魔をしにやってくるんですね。その悪魔達を菩提樹の下でやっつけてついに悟りをひらくのです。この時の姿を像にしたのが「降魔成道(ごうまじょうどう)像」です。この像は、左手を膝におき、右手は指先をのばして地面に触れる(これを触地印といいます)姿であらわされます。
とうとう悪魔までやっつけちゃいました。織田無道もビックリです。

その後、弟子達への説法教化が始まります。これが「説法坐像」で、最もポピュラーな釈迦如来像です。
釈迦如来像といえば大抵この像の事なんですね。
手は施無畏(せむい)、与願印、転法輪印をとりますが、どんな形か図がないと、とんとわかりませんね。
手の形くらい私が描いてもいいんですが、面倒くさいですし、皆さんも手の形なんか興味ないでしょう?
まあ、本格的に仏像の事を知ろうと思ったら、この手の形(印相)はとても大事なんですけどね。全く別の仏なのに姿形は一緒で印相だけ違うといった事が多々あるからです。
ですから一応、言葉で説明します。
施無畏は「まあまあ」と言ってる手の形。
与願印は「おひけぇなすって。」
転法輪印は、両手で「OK。OK。」(左手は中指で)
まあ的確!・・・・・・・・要望があれば絵を載せます。

釈迦の話に戻りますが、その後45年説法を続けてとうとう涅槃へと入るのであります。降魔成道は菩提樹、涅槃は沙羅双樹の下です。
この姿が、「釈迦涅槃像」となるわけです。
この時の釈迦の姿は、北枕西面右脇を下に身を横たえた格好です。北枕の縁起が悪いというのはこんな所に端を発しているんですね。
この死に至る釈迦を、弟子達だけでなく、多くの動物も見守るんですね。この辺に釈迦の徳の高さがうかがえます。現在どんな大スターが亡くなろうとも、流石に動物たちまでは悲しんでくれませんからね。

そしてその釈迦を弟子達が棺に納めるんですが(これが仏滅です)、我が子の死を知り、天国から降りてきて悲しむ母摩耶夫人に、内より金棺を開いた釈迦が説法して慰めるんです。
「老いてますます盛ん」などと言いますが、まだ甘いですな。釈迦は「死してますます盛ん」なのです。
それはまあ弟子達もびっくりしたでしょう。幽霊の摩耶夫人が降りてきたと思ったら、死んだはずの釈迦が自分で棺を開いて出てくるんですから。ホラーな目にあったこと受け合いです。
ちなみに、この場面を描いた像を「金棺出現像」といいます。
そういえば「シャカゾンビ」とかいうグループで音楽をやられている方達がいますが、この仏教とブードゥ教の華麗なる融合の名は、金棺出現の場面にヒントを得たのかもしれませんね。

この他にも釈迦の像はありますが、話すと長くなるので、とりあえずここまでとさせて頂きます。

最後に、釈迦如来像として有名なのは、法隆寺の釈迦三尊像でしょう。
この三尊というのは釈迦とその脇侍(わきじ、きょうじ)、左の文殊菩薩、右の普賢菩薩を指します。
「釈迦三尊の三尊ってなんだよう」って人がいたら教えてやって下さい。
ただ、脇侍が弟子の迦葉、阿難両尊者だったり、観自在菩薩と金剛蔵菩薩、虚空蔵菩薩と観自在菩薩、薬王菩薩と薬上菩薩だったりする事もありますので、その点は注意が必要です。
菩薩については「菩薩部」で紹介します。

阿弥陀如来(あみだにょらい)
よく聞くお経で「ナマンダブ。ナマンダブ。」てありますよね。
テレビなどで、恐い目にあった人がナントカの一つ覚えのように繰り返すあれです。
「ナマンダブ」は「ナムアミダブツ」と言っており、「南無阿弥陀仏」、つまりはこの「阿弥陀如来」の事なんですね。
ちなみに、「南無」とは仏の名前に冠して唱える言葉で、「うやうやしく礼拝する事」の意です。
この「ナムアミダブツ」という言葉は子供でも知っていますね。
このことからわかるように阿弥陀如来は、もしかしたら日本一メジャーな仏さまかもしれません。
野球に詳しくなくてもイチローは知っているようなものですかね。
そういえばイチローは、メジャーリーグに行ったメジャーな野球選手ですね。

「アミダ」というのは、サンスクリット語で無量寿、無量光という言葉の「アミターユス」「アミターバ」からきています。
阿弥陀如来の衆生に与える利益や光明(智慧)は計り知れない程多く、3世(過去、現在、未来)に渡って限りない事、という意味です。

この仏の事を書いた「無量寿経」によると、むかしむかしある所にインドの王様がいて、悟りを得ようと出家して「法蔵菩薩(比丘)」となり、衆生救済のために48の本願(誓いの事です)を立て、長い長い時を経てついにそれを成就し仏になったという話です。
ところで「ある所にインド」という表現は妙ですね。
このままだと日本でカレー屋を開いているインドの王様とも、とられかねませんね。
ある所=インドです。わかりにくい表現、謹んでお詫びします。

阿弥陀仏の本願に、自分の名を唱える者は必ず極楽浄土に迎えるというものがあり、そのため、それを信じ阿弥陀仏の名を唱えれば極楽に往生できるという浄土教が広く民衆に広まっていったのです。
ここで注意点。ただ名前を唱えるだけでは不十分です。功徳(善い行い)を積まねばなりません。
楽して痩せるダイエットがなかなか上手くいかないようなものですね。

阿弥陀仏の姿の特徴は、ズバリ手の形です。定印(じょういん)を結んでいます。定印といういうのは、両手親指を合わせ、右手を左手の上に重ねる形です。
もちろん阿弥陀仏像の全てが定印を結んでいる訳ではありません。
古い阿弥陀仏像は転法輪印(説法印)を結んでいるものが多いです。この手の形は「両手OK」の形です。
「OK」と言っても、某ガッツさんの発する「オッケー。OK牧場!」とはなんの関係もございません。
ところで、若い方は「またガッツが変な事言ってるよ」と思っているかもしれませんが、いやはや、確かに「OK牧場の決斗」は古い映画ですね。うろ覚えですが、ワイアットアープをバート・ランカスターが演じていたと記憶しています。
ワイアット・アープといえば、国民的ヒーロードラえもんの単行本に「ワイアットアープというより、アップップ。」というセリフがあるんですけど、この高尚なギャグが小さいお子さんに伝わったのかは甚だ疑問であります。
話に繋がりはありませんが、私は「荒野の7人」の方が好きです。スティーブ・マックィーンが好きなもんで。
しかし外国にも多大な影響を与えた黒沢監督は偉大ですね。日本の誇る名映画監督です。
けれど、この場を借りて謝罪させて頂きます。私は黒沢作品を見た事がありません。

話がすぐに脱線してしまいますね。

皆さん大仏といえばどの大仏様を思い浮かべますか。
ほとんどの方が、奈良の大仏か、鎌倉の大仏を思い浮かべたに相違ありません。
もし、この2仏以外(飛鳥仏等)を思い浮かべられた方は、すいませんが、どちらかに変更願います。
悲しいですけど、これが民主主義です。少数派は闇に葬られます。別名数の暴力ともいいます。

兎にも角にも、この2仏、呼び名は同じ「大仏」でも実は別の仏さまなのです。
さて、ここで問題です。
「阿弥陀如来はA奈良 B鎌倉、さてどちらの大仏様でしょう?」

「Bの鎌倉でお願いします。」
「ファイナルアンサー?」
「ふぁ、ファイナルアンサー・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごくっ」

(CM)

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「正解っ!」

こんなにスペースとって何やってるんでしょうね。
その通りです、鎌倉の大仏は阿弥陀如来なんですね。
ちなみに奈良の大仏は毘盧遮那(びるしゃな)仏で、詳しくは後に解説します。
奈良の大仏が天皇の発願による国家事業なのに対し、鎌倉の大仏は「浄光」という一介の僧侶による造立なのです。
同じ大仏様といっても、「違う」という事がわかりますね。

阿弥陀如来にも釈迦如来のように「阿弥陀三尊像」がありまして、脇侍は聖観音、大勢至菩薩が務めております。

阿弥陀について語ればきりがないんですが、ここはそんなに詳しく研究するページではないので、割愛します。
というより、あんまり長く複雑になると私の忍耐が持ちません。

薬師如来(やくしにょらい)
如来部の説明でちょこっと触れた通り、この仏は左手に薬壺を持っています。
けれど古い図像にはそうでないものもありますので、一概には断定出来ないんですけどね。
この場合、右手は施無畏印、左手は与願印をとります。印相(手の形)については釈迦如来の項をお読み下さい。

この「薬師如来」、詳しくは「薬師瑠璃光如来」ですが、病気平癒などの利益があり現在でも多く信仰されています。
だから名前に「薬」がつくんですね。
こういう現世利益的性格は、薬師如来が修行を始める時にたてた大願が「衆生の病苦を除き、安楽を与える」などであったという所からきています。

薬師如来の脇侍は日光菩薩、月光菩薩です。「月光」は「がっこう」と読みます。「げっこう」と読んじゃうと、月光仮面のおじさんになってしまいます。
話はそれますが、昔見た漫画に「少年ジェットも今は中年ジェット」という話がありましたが、今は差し当たって「老年ジェット」でしょうか。まあ、疲れ切った中年よりも元気なご老体の方がパワーあったりしますけどね。元気でなによりです。

で、薬師如来には脇侍の他、眷属に十二神将(十二薬叉大将)という者達がいます。
十二人でピンときませんか?
そう十二人といえば十二支です。
十二神将は中世以降、十二支と関係を持って描かれる事が多く、冠に十二支を戴くこともあります。
ただし、古いものは十二支を持ちませんのでご注意。
ここでは、十二支に関係を持たせた方がおもしろそうなのでそれに沿って説明します。
こんな安易な理由でいいのかって?いいんです。
何度もいいますが、ここは勉強する所ではなく、興味を持ってもらう所なのです。その為にはおもしろい方が良いのです。
学校の授業でも、どうでもいい四方山話を未だに覚えてたりしますでしょう?

それでは、順に紹介します。
ネズミ、宮毘羅(クビラ)大将。ウシ、伐折羅(バサラ)大将。トラ、迷企羅(メキラ)大将。
ウサギ、安底羅(アンティラ)大将。リュウ、額ジ羅(アジラ)大将。ヘビ、珊底羅(サンティラ)大将。
ウマ、因達羅(インダラ)大将。ヒツジ、波夷羅(ハイラ)大将。サル、摩虎羅(マコラ)大将。
トリ、真達羅(シンダラ)大将。イヌ、招杜羅(ショウトラ)大将。イノシシ、毘羯羅(ビカラ)大将。

さて、皆さんは何年でしたか?ちなみに私は「アジラ年」です。漢字は、「にんべんに爾」です。
これで、来年(今年?)は一風変わった年賀状が作成できますね。
「あけましておめでとう。今年はシンダラ年です。」(2005年の場合)

あ、名前は経によって差があるので、この限りではないです。
十二神将像を見かけた時、自分の干支を探してみるのもおもしろいかもしれませんね。

ところで、薬師如来はサンスクリット語で「バアイシャジャグル・ヴァイドゥールヤプラバ」という舌を噛みそうな長い名前を持っています。落語の「じゅげむじゅげむ・・・」に通ずる所がありますね。
そういえば、みなさんご存じ「パブロ・ピカソ」も実は長い名前を持っているのです。
その名も「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムチェーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスバン・クリスピアノ・サンティスマ・トリニダッド・ルイス・イ・ピカソ」と言うそうです。
綴りはこうです。("e"や"i"は文字化けするので英語表記にしています)
"Pablo Diego Jose Francisco de Paula Juan Nepomuceno Maria de los Remedios Crispin Crispiano Santisima Trinidad Ruiz Picasso"

私も友人に聞くまでは知りませんでしたが、凄く長いですね。当のピカソ本人は覚えていたんでしょうかね。
そのピカソは、シュール=リアリスムの前衛的絵画(落書きのような絵と言った方が分かり易いですかね)で有名です。
前に述べたように、彼の絵が落書きともとれる下手な絵と思われている方もいるかもしれませんが、それは間違いです。
あの描き方は、完璧な造形技術を土台とした緻密な計算による産物なんです。決して適当に描いている訳ではないのです。
ピカソの絵の上手さは、彼のデッサン等に顕著にあらわれています。

ほとんど薬師如来と関係ない話だったような気がしますけど、気にせず次に行っちゃいます。

毘盧遮那如来(びるしゃなにょらい)
何を隠そう「奈良の大仏様」です。誰も隠していませんね。
「輝きたる者」を意味する、ありがたいお名前の仏さまです。
「華厳経」では、この仏は釈尊と同体で、それだけでなく全ての仏は毘盧遮那仏であると説いています。

東大寺の毘盧遮那仏ですが、現在までに数度の火災にあっており、聖武天皇発願時のものは、もはや蓮瓣(蓮弁。れんべん。台座の蓮の花の部分)のみなのです。
鋳造時の面影を知りたければ、皆がお顔を見上げている際、ひとり台座を注視しましょう。
「お、知った人だな。」と思われるのか、「変わり者だな。」と思われるのか、さてどちらでしょうね。

奈良の大仏造立に携わった者は延べ二百万人以上、国内全ての銅が用いられたといわれています。それほど巨大な仏像を造立出来たのは、ひとえに聖武天皇が類い希なる仏教信奉者だったからでしょう。
天皇自ら、「三宝(仏・法・僧)の奴(やっこ)」と称している位ですから。

天皇で思い出したんですけど、昭和の時代に「熊沢天皇」なる妖しの人物が登場した事があるんですけど、彼はその後どうなったんでしょうか。確か「天皇は私だ」と裁判を起こしたんじゃなかったですかね。
その後どうなったかといえば「フーセンおじさん」て、どうなったんでしょう。
フーセンおじさんは関係ありませんが、こういう自称天皇は以外に多く現れているんです。
その内の一人、新興宗教、璽宇教の教祖璽光尊(じこうそん)こと「長岡良子」さん。
彼女は「神聖天皇」を名乗りました。
これだけなら、誇大妄想に取り憑かれた教祖として、ここにご登場は願えなかったのですが、彼女の側近に注目です。
囲碁のナントカという棋士も側近でしたが、ハッキリ言ってそっちはどーでもいいんです。
なんと、私の尊敬する昭和の大横綱「双葉山定次」なのです。イヤ、これは参りました。
しかも、「大立ち回りを演じた」とか「逮捕された」とかいう話ですし、流石大横綱、ヤンチャですね。
「朝青龍」のヤンチャぶりなど可愛いものです。もうちょっとあたたかい目で見守ってやって下さい。
この「双葉山」や古くは「雷電為右衛門」、ウルフ「千代の富士」、巨人大鵬卵焼きの「大鵬」、引退したばかり「貴乃花」あたりを闘わせたら誰が一番強いんでしょうかね。もちろん各自全盛時の状態で。

話が脱線したついでに、さらに脱線させて頂きます。逆の逆は真なりです。
皆さん、徳川家最後の将軍といえば、誰だかわかりますよね。
そう、15代将軍「徳川 慶喜」です。ほとんどの方は、この15代の慶喜までしかご存じないと思います。
もしそうでなくとも、そういう事にしといて下さい。話が進みませんので。
実は徳川家16代当主「徳川 家達」なる人物がいたのです。
この方は、先の「熊沢天皇」のように眉唾なバッタもんではありません。
といいますのも、慶喜が朝敵となってしまいましたので、徳川三卿のひとつ田安家の彼に、本家16代当主相続という白羽の矢が立ったのであります。
しかも、なんとこの方、最有力首相候補に挙がったこともあるんです。
しかし、彼はこれを辞退し、かわりに第二次大隈重信内閣が発足したのです。
幼い頃から、「上様、16代様」といわれ続けてきた彼ですが、ふつうそのような環境で育つと決まって性格がひねくれると相場が決まっているのですが、この方はそうはならず、人望の厚い、良くできた人物だったそうです。

さて話は戻り、毘盧遮那仏の像容ですが、左手を膝の上に置き、右手は上げる説法の形をとっております。

大日如来(だいにちにょらい)
大日如来は「摩訶毘盧遮那」といい、前の毘盧遮那如来をさらに発展させた、密教における最高の仏さまなのであります。
太陽を越える光明の持ち主ですから「大日如来」というわけです。
密教はこの仏が直接に説法したものであり、毘盧遮那仏の項でも述べましたが、全ての仏、菩薩、明王、天は大日如来の化現(けげん、姿を変え現世にあらわれる事)したものなのです。

曼陀羅(マンダラ)とは、その悟りの世界を図にあらわしたものなのです。
この曼陀羅には「大日経」による「胎蔵界(たいぞうかい)曼陀羅」と、「金剛頂経」による「金剛界曼陀羅」というものがあり、いずれも大日如来を中心とした世界が描かれています。
そういえば、とある漫画で、キャラクターが「バーニングマンダラ」という技で敵を攻撃するという場面がありまして、しかもその方、神社の巫女さんなのです。
いくら神仏習合といっても、やりすぎではないでしょうか。子供達に間違った知識を植えかねません。
イヤ、個人的にはそういうセンス大好きですケド。

そのいわくつき(ついてません)の曼陀羅ですが、胎蔵界曼陀羅の大日如来は大悲を、金剛界曼陀羅は智慧をそれぞれあらわしています。
そしてその図像、大日如来は、やはりトップらしく、頭には宝冠、体には装飾が施されています。
印相は、胎蔵界が法界定印、金剛界は智拳印を結びます。
突然ですが、左手を人差し指のみ上げた状態で前に出し、それを右手で握って下さい。
はい、それが金剛界の智拳印です。
胎蔵界の法界定印は、掌を上にして膝の上で、右手を左手に重ねて置き、親指を合わせればできあがりです。

曼陀羅上で、この大日如来を中心に仏を配置したものを「胎蔵界五仏」「金剛界五仏」といいます。
この大日を除いた、各々四仏は、次に紹介します。

胎蔵界五仏
宝幢如来(ほうとうにょらい)
宝幢如来と聞いてほうとうが食べたくなった方、山梨へ行って下さい。
この仏の由来は、「一切智の願いを先ず幢旗として四魔の軍衆を降伏するに名づけるといわれる。」らしいのですが、なんのことやらさっぱりです。
曼陀羅上、大日如来の上にいます。
ちなみに胎蔵界曼陀羅を見た時、「東方」は上にあります。
開敷華王如来(かいふけおうにょらい)
そういえば、海部俊樹(漢字あってます?)なる総理大臣もいましたね。
その海部さんも老けられたことでしょう・・・
などと下らない事はおいといて、この名は「離苦三昧に往し、万徳花の如く開敷するに名づけた」そうです。
大日如来の南方、右側にいます。
無量寿如来(むりょうじゅにょらい)
無量寿と聞いて、・・・・・すいません、なにも思いつきません。
こんな適当な私の話なのに、ここまで聞いて下さっているとは、感無量でございます。
えーこの仏はですね、阿弥陀如来の項をお読みになった方はわかっておられると思いますが、密教教理的解釈による阿弥陀如来の事です。
西方、大日如来の下に位置しています。
天鼓雷音如来(てんくらいおんにょらい)
名前が抜群に格好いい仏さまです。
雷音ですよ。ライオン。がおーっ。
「形なく住処もなく、それでいて法を説き衆生を警悟せしめることあたかも天鼓の如き存在である。」という事です。
「天鼓」というのは「とう利天」(「とう」はりっしんべんに刀です。)にあるという太鼓の事で、打たなくても自然の素晴らしい音色を発するといわれるものです。とう利天は欲界六天の第二天で、須弥山(しゅみせん、世界の中心にあるという山)の頂上にあります。
仏の位置は、残った北方、左側です。
金剛界五仏
阿しゅく如来(あしゅくにょらい)(しゅくはもんがまえに人人人です。真ん中の人は1段上に上げます)
この仏の独尊信仰は日本ではないのですが、像は作成されたようです。
金剛界曼陀羅における位置は、羯摩会(成身会)における大日如来の東方(金剛界では東方は下)です。
ただし、大日の真下は「金剛波羅密」「金剛薩た」と菩薩が続くので、その下です。
うーん、わかりにくいですね。すいません。ちなみに、羯摩会というのは、曼陀羅を見た時のど真ん中の部分です。
阿しゅく如来の姿は、左手で衣の角を持ち、右手は地面につける(触地印)をなしています。
宝生如来(ほうしょうにょらい)
この仏も独尊信仰はありません。
指の間から、宝を生むというのに残念なことです。
そのような俗悪的な考えはいけませんね。
さてお姿は、左手は衣を持ち、右手は表を向け斜め横に垂らします。
さらにお身体の色は黄金色です。
南方(左側)に位置しています。
無量寿如来(むりょうじゅにょらい)
おや、またまた登場、阿弥陀様です。
位置は西方(上)です。
不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい)
衆生の教化の所作(動作や行為)を全て成就するから、不空成就如来なのです。
この如来はその徳の高さから、釈迦と同体とされます。
阿弥陀如来といい一人、二役も三役もこなしていますね。
左手を臍前に置き、右手の掌を前に上げた姿です。左手が衣を握っている像もあります。
大日如来の北方(右側)に位置します。

さて、五仏の紹介は終わりです。
曼陀羅は複雑なので、紹介はこの程度に止めておきます。




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