TOPへ   

前号までのあらすじ
   第1回目
 大学生、宇田川剛はある日、悪夢を見た。
 幸いなことにすぐに目覚めたが、悪夢の切れ端を
スッキリさせようと浴室のドアを開けた瞬間、
思考の全てが霧散。
 目の前に二本足で立つ、巨大ウサギがいたのだ。
 ウサギは、宇田川に畜舎の番号となにかの番号を
告げた後、にやりと笑う。
 宇田川の意識は、そこで途切れた。
   第2回
 いつの間にか羊になっていた宇田川だったが、
ある日の真夜中に不思議な客を見つける。
 好奇心から話を立ち聞きした宇田川はその客が
天皇暗殺とクーデターを企んでいることを知り、
しかも本来は自分が羊ではないことまで思い出す。
 …ウサギとは一体、何者なのか。クーデター
とは何の話なのか。

 今回は最終回のハズ、けりを付けられるのか、野崎!

 「例えば仰向いて、手を胸のところで組んで寝てたり
  うっかり部屋と部屋の境目に寝ちゃったり。
  このお話は、そう言うときに見る夢のお話なのです。

                  第3回  野崎

 薄暗い畜舎で、そろそろ夜明け前の冷え込みが隙間
だらけの壁を埋めようとしていた。早起きの羊がもう
目を覚まし、もぞもぞと動き始めている。
 昨日と変わらぬ風景。きっと明日も明後日も変わら
ないだろう、日常ってヤツをこよなく愛する彼ら。
 その中に混じってしまった、突然変異の俺。
 あれから結局一睡もできないまま、推論だけが俺の
頭を埋め尽くしていた。
 普段こんな時間には起きていない俺が起きていると
不審を招くかもしれないと思い、眠っているふりをしな
がら、今まで考えた推論のに中で確実と思われるものを
もう一度振り返った。
 まず、昨日のことが全て現実だった場合。
 オオカミ族だと名乗った彼は、シン。畜舎の近くで
見かけたときは年寄りらしかったけれど、もしかしたら
まだ若いかもしれない。本人の喋り方もだし、長老の
言い方もそれを裏付けている。
 彼らオオカミ族は天皇暗殺を企み、実行は間近。
クーデター成功後、俺達家畜が無駄に騒がないよう、
最後の釘を刺しに、そして長老に会いたかったこともあり、
実際に畜舎の方に足を運んだ。
 どうして長老に会いたかったのか…。それは長老が
彼の両親を知っている事と、後は、以外と羊だけでなく
他の家畜達にも影響力がありそうな長老へ礼儀を通した
かった、ってセンもありだ。
 更に、人間語を話せる羊、いや家畜は長老と俺だけ
だという。その言葉から察すると、この羊の畜舎の近く
にある、牛と鶏を除いて、ココみたいな施設が後四つ
ある計算が出来る。
 ま、その事実が何の役に立つかは分からないけどな。
 明け方の冷え込みはじわじわと壁から伝わり、俺の体と、
そして頭をも冷やす。ぶるりと身震いして、俺は今度は
疑問点の整理に取りかかった。
 まずは、オオカミ氏、シンの言い分が正しいかどうか。
 例えば嘘は言っていないにしろ、何かの暗喩かも
しれないし、それでなくてもタダの冗談かもしれない。
 両親と長老が知り合いならば多少酔狂な真似をしたって
おかしくないだろうし、俺は長老が外見に似合わず
お茶目さんだと言うことも知ってる。
 ……でも、そうすると今までの話、全部について
何処まで信用していいかわからなくなるんだよなぁ。
 っていうか、ぶっちゃけて言えば。
 さっきから「昨夜の出来事は一切合切真実だ」…って
気がするんだよ。信用してイイ、って。で、どうして
そんな思いこみが発生するかは、ちょっと棚上げだ。
 だから多分、他の事実…推論も合わせたヤツ…は、
そんなに大した意味じゃないはずだ。畜舎の数が幾つ
だろうが、羊の他に山羊がいようが牛がいようが、
それで何が起こる訳じゃない。俺が知ったからって、
どうこうできるレベルの話じゃないだろうし。
 ただ、全部の家畜の中、人間語を喋るってだけで
注目されている事は気に触る。
 脱走がしづらいからだ。
 壁の隙間から射し込む光が、薄ぼんやりと明るく
なってきた。俺は寒さに耐えかねて起きた、と言う顔で
のびをして、ゆっくりと畜舎の出口に向かう。
 こうして、朝のお散歩をするのも俺の特権だ。たまに
雪が降ったりするとついわくわくして、管理人が来る
前に畜舎を抜け出してしまう。
 そう、この行動に不審は無いハズだ。
 雪が降っていることを期待する顔をして、扉を開ける。
牧羊犬もまだ眠っている時間。早起きの羊だけが俺の
ことを見ている。
 いつものように丁寧に扉を閉め、いつものように
ぶらぶらと畜舎を離れていく。空気の匂いから、美味し
そうな草地を探して遠くへ、遠くへ。
 走り去りたい衝動と闘いながら、俺は最大の疑問に
ついて考える。
 何故、俺がココに、しかもこんな状況でいるか、だ。
 そう。俺は…俺は、元は人間のハズなのだ。
 記憶にある限りでは、俺は二十歳の大学生だった。
悪夢を見て目を覚まし、常識外れのデカウサギに呪文を
唱えられて…ん、いや呪文じゃない。
 確か、「悪夢の始まりは…」って言ってたんだよ。うん。
 と、言うことは、だよ。俺のこの記憶が確かならば、
「今、俺は悪夢の中にいる」って言う結論に達さなければ
ならない。そんな馬鹿な。
 しかも問題はそれだけじゃない。どうやら俺は、
今まで経験したことのないような固い決意で、「クーデ
ター阻止」を考えている。でもそれは、それこそ間違い
なく、「そんな馬鹿な!」だ。
 人間だった頃の記憶がイマイチ曖昧だが、俺は決して
イイヒトではなかったはずだ。クーデターなんぞ起き
ようものなら興味を持って見守ってしまうような。
 事前にその計画を知っても、絶対に止めないような。
 その俺が、「クーデター阻止」を決意だ?
 …一体、誰の意志で?
 俺が、「今起こっていることは現実で、真実だ」って
考える根拠は、ココにある。
 きっと、今の俺の意志は俺のものであってそうではない。
 誰かの意志が入ってきている。ならば逆に、意志以外
は真実でなければ釣り合わない。何故なら、どちらも
嘘だった場合、収拾がつかなくなるからだ。この状況を
作り出したヤツが、どういう結果を望んでいるにしろ
…勿論、俺がこの状況を望んだわけはないからね…どんな
物でもイイ、取りあえず結末を用意してあると仮定すると、
その答えしか浮かばない。
 そんなことを考えながら、畜舎から「下界」と俺が
呼んでいる山のふもとへと降りる道にさしかかったとき、
ふと遠くから呼ばれたような気がして、振り向いた。
 長老の姿を確認して心臓が勝手に踊り出す。
 「何処へ行く?九〇一。お前のお気に入りの場所は、
そちらにはない筈だが」
 そう言われた瞬間、俺は振り向いて出来うる限りの
スピードで走り出した。足が折れてもイイ、そんな覚悟で。
 後ろで鋭く、「追え!」と言う長老の声がした。
 続いて甲高い笛の音と、犬の鳴き声。
 朝の散歩をするときもある事、ここ最近の俺のお気に
入りの場所までチェックしていた長老の周到さに、
恐怖心が初めて産まれ、増殖する。
 犬の鳴き声が近くなったときに、ぎゅっと一度、目を
閉じて開けた。恐ろしいときに目をつぶるのは、愚か者の
する事だ、と長老が言っていたのを思い出したためだ。
 下り坂に何か黒い、もやもやしたものが見えたのは
この時のことだ。薄ぼんやりとした、ほら、漫画とか
映画で良くあるだろう?異界への入り口って感じのアレさ。
 このまま走っていくとあの中に入っていってしまう。
 それは想像できたがしかし、羊の足と犬じゃ、圧倒的に
犬の方が早い。
 早く、もっと早く逃げないと!と心底願うと同時。
 俺は、もやもやの中に突っ込んでいった。

 視界は一瞬で明るくなった。朝の光から一転、真昼の
光に目を灼かれて、俺は思わず手をかざす。心臓はまだ
バクバクしていて、正直、その辺りに寝転びたかったが、
恐ろしくて確かめずにはいられない。
 くるりと後ろを向くと、そこにはありふれた市街地、
が並んでいた。ここは…渋谷、か?
 そっと胸元のTシャツを握る。次の瞬間、ぎょっとして
俺は自分の体を目に入る範囲でなで回した。それだけでは
足りなくて、デパートのウィンドゥに映る姿も確認する。
 そこには、ずっと毎日見ていた通りの俺、が立っていた。
人間の。オトコの。
 ほっとして顔に手をやる。なまっちろい顔。記憶通り
の肌触り。
 大きく息を付いて、ガラスにもたれて目を閉じた。
 ここが渋谷である事、俺の胸にまだある決意…という
より既に使命感に近いソレ……。現実はまだ、続いて
いるようだった。
 全力疾走したせいでガクガクする足を叩いてなだめながら、
取りあえず食事をすることにした。
 場所を考えるのが面倒で、目の前にある「帝国ホテル」
に入ることにする。
 レストランをロビーで確認してイタリアンに決定し、
店へ向かう。途中、ものすごい違和感に駆られて辺りを見回した。
 何故、渋谷の駅前付近に「帝国ホテル」があるんだ?
  
 …すみません。終わりませんでした。
 しかし来号こそは本当に最終回。のハズ。
 全ての謎は、謎のまま終わるのか。果たして野崎さんは
きっちりと話にオチを付けることが可能なのか?
 疑問は尽きず。以下、待て次号!
 TOPへ