健康を支える第三の柱 運動

運動をしよう !
 「運動は大嫌い」。この言葉は、何らかの運動をすることがファッションになった今日では、ひと昔前ほどは聞かれなくなりました。遠い祖先の人間にとってみれば、「運動をしに行く」という考えは奇異なものに違いないでしょう。今日までの歴史の大部分は、生きるためにはからだを使い果たすほど動くのが当然であり、じっとしていることが究極の贅沢であるような時代でした。生活のための身体活動とは別に、「座ってばかりで運動不足になったから、運動をしなくちゃ」ということは、まずなかったでしょう。しかし、今日の社会では、自分の食料を得るために狩猟・漁労・農耕をする人は非常に少なくなり、移動するために遠路を歩いたり走ったりする必要も、家を建て火を起こすために木を切り倒す必要もなくなりました。ほとんどの人は仕事のときも座り、移動のときも座り、暇なときも座っています。「運動の時間」は、明らかに近代の発明でしょう。
 人間のからだは非常に過酷な環境の中で進化してきたもので、動かすようにできているため動かさなかったらたちまち衰えてしまいます。文明社会に広がっている病気の多くは運動不足もかなり関係しているはずです。心臓と動脈の病気の蔓延は、不健康な食生活と同じぐらいエアロビック運動(有酸素運動)の不足に負うところが大きいでしょう。エアロビック運動の不足はまた、筋骨格系の障害・消化器系の障害・精神神経系の障害などの素因をつくるのに一役買っているということは間違いないようです。

 

エアロビック運動とは何か
 エアロビック運動とは、心拍数と呼吸数を上昇させる運動のことで、かなりきつく、ハァハァと荒い息をして汗をかく運動だと思ってください。ランニング、ウオーキング(早歩き)、サイクリング、水泳、なわ跳び、ダンス、階段登りなど、他にもたくさんあります。
 エアロビック運動は心臓・血管・呼吸器系の健康に必要で、それは、スタミナを強化し循環と発汗を刺激して血液の浄化をうながします。エアロビック運動をすることによってエンドルフィン(脳下垂体より分泌されるモルヒネ様分子)が放出され、力に満ちた充実感を味わうことができます。エアロビック運動はまた、全器官への酸素供給量を増やして器官の機能効率を高めます。カロリーを消費して過食による器官損傷を回復し、免疫系を強化し、ストレスを軽減し、血清コレステロールを低下させ、神経系を整えます。
 こけだけ沢山の利点があるものを嫌う手はないはずですが事実はそうは行かないものです。多くの人の心の中に運動に対し抵抗するものがあるのでしょう。それは私たちの中にひそむ慣性の原理、つまり怠惰であり、それが私たちに「運動なんかする必要はない」「運動をする時間がない」と囁くのです。そんな囁きに耳をかしてしまったら、どんな努力も水の泡になってしまいます。 

 

週に何回、どれくらい運動すればいいのか
 一番簡単な答えは「毎日、何かエアロビックな活動をしてください。心拍が速くなり、呼吸が激しくなり、軽く汗ばむ活動です。」しかし、エアロビックな活動を心臓血管系の健康のために最大限に活用するなら、少なくとも週に5日、1回30分のエアロビック運動をつづけるという目標にむかって始めましょう。だからといって、いきなり目標のレベルからは始めず、特に、今まで何も運動をしていなかった人は楽なところから始めるようにしましょう。

 

エアロビック運動の心得
◎ 運動は何もしないより、少しでもしたほうがいい。定期的にするならたとえ数分間でもしたほうがいい。
◎ 自分のペースで、優しいところから始めるように。また、できるだけ空気のきれいな所を選んで運動する。あまり自動車の排気ガスを吸い込まなくてすむ所を。
◎ ときどき運動ができない日が二日や三日続いたとしても、世界が終わりになるわけではない。運動をしなかったことより、それに罪悪感を抱くことのほうが有害。
◎ メインに選んだ運動に加えて、階段をよく使う、目的地より遠くに駐車して歩くなど、日常生活の中で少しでも身体を動かす方法を工夫する。
◎ 仲間と一緒にやるときは、決して競争しないこと。競争心は運動から得られるせっかくの効果、とくに心臓血管系・免疫系・情動にたいする効果を損ねる恐れがある。競争心の強い人はひとりで運動したほうがいい。
◎ 運動する前に必ず準備運動をする。一番いい準備運動は、これからしようとする運動をゆっくりと行うことで、例えばスローモーションで歩いたり走ったりする。よくストレッチだけをしている人を見かけますが、それだけでは筋肉を運動に備えさせるためには不十分すぎる。
◎ 運動後の整理運動を行う。やり方は準備運動と同じでいい。
◎ これまでに運動をしたことがない人は、定期的に運動を始める前に健康診断を受ける。心臓の病気がある人、高血圧症の人、または遺伝的にその素因がある人は必ず。
◎ 常にからだからの声を聞くこと ! からだのどこかに異常な痛みを感じる、気分が悪くなるなどの症状が出たら、即座に運動を中止する。
◎ エアロビック運動を終えて5分から10分以内に心拍が平常に戻るのがふつうで、それ以上かかる場合は健康診断を受ける。
◎ 身体の具合の悪いときは運動をしない。回復するまで待って徐々にもとのペースに戻して行く。

 

各運動の利点と欠点

《ウォーキング》
 最大の利点は、特別な練習も技術もいらないということです。だれでも歩く方法は知っているし、いい靴さえあれば他に何も要りません。ケガをする危険が最も少ない安全な運動でしょう。
 エアロビック運動としての歩行に問題があるとすれば、楽に歩きすぎて運動量が足りなくなりがちだということぐらいでしょう。エアロビックな歩行とはぶらぶら歩きや休み休み歩くことではなく、1キロを10分で歩くぐらいがいいようです。
 ウォーキング運動で大切なのは、いい姿勢を保つこと、両手を両足と反対方向に大きく振って歩くことです。また、特に重要なのは、筋・骨・関節に余分な負担のかからない、いい靴を選ぶことです。

 

《ランニング》
 走るという運動の最大の利点はその過酷さにあるでしょう。カロリーを消費させ、確実に減量を実現します。激しい運動なのでエンドルフィンの放出量も多く、ランナーズハイを味わうこともあります。それにはすぐれた抗うつ効果があるそうです。しかし、真夏の炎天下で苦悶の表情を浮かべてでも走りつづけている人を時々見かけます。エンドルフィンは肉体を虐めることでも放出しますがマゾヒズム(masochism)は健康的とはいえません。
 ランニングには負傷する可能性が大きいという欠点があります。足・膝・腰・背中の関節が傷ついたり、腎臓を損傷したりする恐れがあります。しかし、それらの欠点は注意すれば未然に防ぐことができます。コンクリートの上を走らず土の上を走る、ランニング用に設計された靴を履く、走る前にストレッチ運動だけではなく軽く走って準備運動をするなどです。
 特に重要なのは、自分のからだに耳を傾けることで、関節が痛みだしたら痛みの原因がわかるまで走るのをやめるか無理のない走り方に変えることです。これはどんな運動にもいえることですが、からだを傷めやすいランニングにおいては、特に気をつける必要があります。

 

《サイクリング》
 ウォーキングと同じくエアロビック運動として実行するとすれば、かなり活発に行う必要があります。膝の弱い人が関節にあまり負担をかけずに足の筋肉を鍛えることができるので、運動による障害の恐れは非常に少なくてすみます。サイクリングで重要なのはサドルで、小さすぎてお尻が痛くならないクッションのいいものを選択しましょう。

 

《水泳・アクアビクス》
 水中の運動には他の運動にはないいくつかの利点があります。水の浮力で関節や筋肉の動きが陸上より自由になるため、筋骨格系に障害のある人でも無理なくできます。
また、下半身だけでなく上半身もよく使うので、よりバランスの取れた筋肉鍛練になり、心臓血管系への負担もランニングほど大きくはありません。
 水泳の不利な点はプールにまつわるもので、塩素殺菌した水が目・皮膚・毛髪・鼻や目の粘膜・上気道に有害なことが多く、必ずよく合ったゴーグル(水中メガネ)をつけましょう。長時間泳ぐ人は温水プールの方がよく、関節や筋肉に障害のある人は冷たい水で泳ぐと悪化することがあるので注意しましょう。クロールで泳ぐときは、左右両側で呼吸しましょう。いつも一方に首を曲げていると筋肉の負担に偏りが生じて、首や肩を傷める恐れがあります。

 

《ダンス》
 ダンスは最高のエアロビック運動のひとつです。楽しみながらでき、心身ともに強化され、気分も爽快になります。退屈する事なく、健康の増進に大いに役立ちます。
 ダンスはたいがい社交的な活動として行われているので、一人でもできるということを忘れがちになりますが、天気の悪い日など他の運動ができない日は、部屋の中で好きな音楽をかけて一人でダンスしてみてはいかがでしょう。

 

《なわ跳び》
 スポーツ選手は以前から効果的なエアロビック運動としてなわ跳びをしていますが、他の運動と比べると一般にあまり人気があるとはいえないようです。最大の利点はその簡便さで、ロープは安価であり、どこへでも持って行けます。
 なわ跳びは心臓血管の強化に優れた効果があり、腕と足の筋肉も鍛えられます。

 

《階段登り》
 一度に二段ずつ登れば、階段は以外にきつい運動の場となります。自宅に階段のある人は、運動のために意識的に使いましょう。また、エレベーターやエスカレーターを使わず、なるべく階段の利用を心掛けましょう。

 

最後に運動に伴う落とし穴を指摘しておかなければなりません。食事がそうであるように、運動も、それだけで健康が達成できるものではありません。熱心に運動していながら心筋梗塞で急死する人もいます。運動はできるが休息やリラックスができない人もいます。健康を味わうという目的のために、運動に依存し過ぎてしまう人が非常に多く、そういう人は、不幸に遭遇するとより激しく運動することによってそれに対応しょうとします。運動はくれぐれも分別をもって、適度に行いましょう。