健康を支える第二の柱 呼吸

正しい呼吸は健康の要

 

空気と呼吸
 都市の空気が年々汚染されて行くのを見ていると、いずれは瓶入りの水と一緒に瓶入りの空気も買う時代が来るのではないかと考えてしまうことがあります。健康の基本条件のひとつは、呼吸する空気がきれいなことです。不幸にして、汚れた空気は汚れた水ほど簡単には浄化できません。汚染した空気は醜悪であり、健康に対する恐るべき脅威です。ありとあらゆる呼吸器系疾患のリスクを高め、免疫系を弱め、ガンになる機会を増やします。
 生体の最も重要な機能は呼吸であり、呼吸が制限されると機能不全や病気になると言われています。
 呼吸は意識的にもできるし無意識でもできる唯一の生理機能です。完全な随意機能であるとともに、完全な不随意機能でもあります。なぜなら呼吸は、それぞれ随意神経系と不随神経系(自律神経系)に属して入る、二つの異なった神経に支配されているからです。呼吸はその二つの神経系をつなぐ架け橋なのです。
 自律神経系のバランスが狂うと、さまざまな症状を呈するようになります。いわゆる自律神経失調症には、心拍の乱れ・高血圧・血液の循環不全・胃腸の障害・泌尿器の障害・生殖器の障害などがあります。自律神経は重要な機能の全てをつかさどっているからです。しかし、意識的な心には自律神経系に直接通じる通路はなく、私たちは不随意活動としての自律神経系の営みを経験しますが、意識によってそれに影響を及ぼすことは、通常はできない仕組みになっています。医師は自律神経失調症を強力な薬剤で治療しますが、効くこともあるし効かないこともあります。
 ところが、意識的に呼吸をコントロールすることによって自律神経の活動状態を変え、さまざまな「不随意」機能に働きかけることができると言う説には、信じるべき理由があります。科学的裏付けの多くは、ヨーガの達人が不随意機能のコントロール術を身につけているインドで得られています。達人たちはまず最初に、呼吸のコントロールを身につけることによって、その術を学び始めます。ヨーガの行者になりたいとは思わない人でも、薬を飲まずに血圧を下げたい、心拍の乱れを鎮めたい、消化機能を高めたいと思う人はたくさんいるはずです。簡単な呼吸法を身につけるだけで、だれでもその力が得られます。
 呼吸は自律神経系に働きかけることのほかに、感情の状態や気分に直接的に結び付いています。怒っている人、怖がっている人、狼狽している人を観察すれば、その人の呼吸が浅く、早く、騒がしく、不規則で口呼吸の状態にあることに気づくでしょう。ゆっくりと、深い、静かで、規則的な呼吸をしているときには、狼狽しようにもできないはずです。
意思の力では、どんなときにも平穏でいるということはできませんが、随意神経を使ってゆっくりと、深い、静かで、規則的な呼吸をすることはできます。そうすれば、後は自然に平穏さがやってくるのです。

 

「呼気」に注意をはらおう!
 人が呼吸をしているのを見ていると、たいがいは呼気よりも吸気に力を入れているのに気が付くでしょう。呼気はふつう受動的で、吸気よりも時間が短く、そういう呼吸をしていると、肺にある空気の一部しか入れ換えをしていないことになります。空気の出し入れは多ければ多いほど、からだにいいのです。からだの全ての機能の成否は、酸素の搬入と二酸化炭素の搬出の度合いに依存しているからです。肺にたくさん空気を入れるには、呼気に注意を集中して、たくさんの空気を出すようにしなければなりません。
 普段の呼吸でも、息を吐くときには、吐き切るような習慣を身につけましょう。そのためには肋間筋を使うことになり、肋間筋が胸郭を圧迫するのを感じるはずです。呼気を吸気と同じ長さか、吸気よりやや長めにするように心掛けるとよいでしょう。どこにいても、思い出したらこの呼気延長法の練習をして、肋間筋を鍛えましょう。
 エアロビック(有酸素)運動も、呼吸器系を鍛えるのに優れた方法です。定期的に行うエアロビック運動の利点はたくさんあり、そのひとつは呼吸器系に働きかけて、呼吸器を支配している神経と筋肉の調子を整えることにあります。エアロビック運動をするときは、ゆっくりと、深い、静かで、規則的な呼吸を忘れず、呼気を長く伸ばすことが大切です。

 

呼吸の神秘
 神秘は経験するものであって説明も、理解も、しづらいものでもあります。
 呼吸はまさに神秘的です。私たちの存在の中心点には、リズミックな運動があります。からだの内側と外側に、心とからだの中に、意識と無意識の中に、膨張と収縮のサイクルがあります。「呼」と「吸」は存在の本質であり、宇宙のあらゆる側面に同じ膨張と収縮のリズミックなパターンが見られます。一日は昼と夜を繰り返し、意識は覚醒と睡眠を繰り返し、海は満ち潮と引き潮を繰り返し、季節は盛夏と厳冬を繰り返します。この現実を構成する全てのレベルに、二つの局面のあいだを往復するゆらぎがあります。観測できる限り、宇宙についても現在は膨張の途中ですが、ある時点に達すると全てが存在し全てが無である想像力の限界を超えた原初の一点に向かって収縮し、宇宙の一呼吸を終えるでしょう。

 

呼吸と瞑想
 呼吸は瞑想の本来の目的でもあります。瞑想者は呼吸に集中することによって意識の状態を変え、心身を和らげ、日常意識から脱却します。多くの瞑想法が、その技法の中心に呼吸への集中を置いています。仏教やヨーガの伝統には、ひたすら呼気と吸気に中しつづけるだけで解脱にいたった覚者がいくらでもいるそうです。そうしたことは全て、呼吸を意識的に経験することによって可能になるのでしょう。

 

 今日一日、昨日よりも10秒だけ呼吸を意識することができれば、心とからだの交流を深め、より全体的になり、健康が増進することになります。「食事」「運動」については、重要な要素ですが、健康を左右する絶対的な決め手にはなりません。申し分ない食生活をしてきちんと運動もしているのにあまり健康ではない人達がいる反面、ひどい食生活で運動もしていないのに健康な人達は結構います。しかし、正しい呼吸をせずに健康である人はまず、いないはずです。
 自分がちゃんとした呼吸をしているかどうかを知るには、鼻の下に鏡を置いてその表面の曇り具合を見ればいいでしょう。左右の鼻の穴が作る曇りが均等なら器質的には問題ありません。あとは意識して深くゆっくりとした呼吸をすればよいのです。ひとは平均して一日に二万八千回ほどの呼吸を繰り返しています。その呼吸の一回一回でたくさんの空気を吸えば吸うほどほど中枢神経系に与える栄養は多くなるのです。

 

 最後に、重要なことですが、息をするときは口ではなく鼻からすることが望ましいのです。というのは、空気が嗅神経の端末に触れて、それが脳を刺激し、脳に呼吸の自然なリズムを思い出させる事に役立つからです。鼻から呼吸しないということは、ある意味で半分しか生きていないという事になるでしょう。