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さて、建物の中に入った私ですが、まず荷物を自室に置いて
くるように言われます。
荷物と言ってもバッグ一つなのですが、素直に頷き、部屋を
聞きます。
二階の、階段から一番手前の部屋が私の部屋でした。
女性は私しかいないため一人部屋です。
何故だか、昼間なのにどこもかしこも薄暗く、私はあてがわ
れた部屋に長居する気にならずに、すぐに階下におりました。
大学生達は毎年来ているらしく、荷物は一年中ずっと、ここに
置きっぱなしなのだそうです。
私をみんなに紹介した後、そんな感じのことを自衛隊員が
教えてくれ、ぎこちない笑顔のまま「ビデオを見よう?」と
誘います。
ビデオ?と問い返すと、そう、と私の肩に手を回してリビングの
テーブルセットに座らせました。木で出来た、五人掛けぐらい
のテーブルです。
堅い椅子に座らされて、自衛隊員は、私の正面にあるテレビ
のスイッチを入れます。
大学生達は青ざめた顔でニヤニヤしていました。
ビデオは、怪談仕立てでした。たった今、私がいる、まったく
同じ建物が舞台で、季節も同じ。ただ、随分と前の設定で、
江戸末期か明治、大正ぐらいの時代。だって出てくる人間が
みな着物でしたし。貧しい農村…という感じでした。
主役らしい、白い着物を着せられた女性が画面に出たとき、
私は驚いて息を呑んでしまいます。白井先生なのです。
ついさっき、職員室から出ていったまま、姿が確認できなく
なった白井先生が、そこに不安げな面持ちで座っているの
です。
顔色を変えた私に気が付いたのか、自衛隊員は私の顔を
覗き込むように話しかけます。
「大丈夫。ドラマなんだよ。嘘のお話なんだ」、と。
何故、白井先生と私が顔見知りなのを知っているのか、とか
大学生達が、白井先生を見たときに「ヒイッ」と言う声を上げた
のか、とかイロイロ聞きたい事はあったのですが、私はその、
自衛隊員の手の冷たさと息がかかる状況に脅えて、頷くこと
しか出来ません。
私が頷いたのを確認して自衛隊員が体を放し、ビデオの
音声を大きくします。
白井先生扮する村娘は、山の神に捧げる、生け贄だった
ようです。
日が沈んで、白井先生は落ち着かなげにキョロキョロして
います。自分が生け贄な事を、彼女は自覚していました。
バタバタと風の音がします。時代設定に不釣り合いな
現代風のこの建物と、不安げな表情が私とオーバーラップ
して怖いのなんの。
ついに、白井先生…いえ、村娘は決心したように立ち上がり
ます。逃げようと言うのです。
真っ白い着物に白い帯。素足のままで辺りを見回してそっと
ドアを開け、外に出ていきます。
カメラは、鮮明に彼女とその暗闇を撮していました。
いつの間にか全員、食い入るように画面を注視しています。
自衛隊員は何故か笑っている気配でした。
笑顔なのではなくて、にやにやと口角を上げているのです。
村娘は必死で、村の方向を避けて山を下りようとしています。
逃げ出す以上、村には戻られませんから。
しかし、村娘が走り出した後で、そっと建物の裏から、村人
が出てきたのです。どうやら、逃げ出すかもしれない村娘を
見張っていたようでした。
顔を見合わせて、にたぁりと笑う、邪悪な村人達。
人数は五人。今、ココにいる大学生達です。
すんでの所で悲鳴をこらえた私は、そぅっと彼らを伺いました。
すると彼らも全員私を見ており、にやぁり、と表情を崩すの
です。それはそれは、邪悪に。
私は耐えきれなくなり、逃げようと立ち上がりました。ココに
いたら、白井先生と同じように殺されるのだ!とアタマに警
告が鳴り響きます。
しかし、同時に自衛隊員の冷たい手が、私の肩を押さえ
つけたのです。
「まだ、続きがありますからね」と言った、彼の冷たい息。
腰が抜けて、私はへなへなとまた座り込みました。
ビデオは容赦なく回り続け、村娘はついに村人に捕まって
しまいます。違う、ふもとの村がもう、見えているのに。
村娘が、恐怖を顔に貼り付かせて振り向きます。村人達は
心底嬉しそうに、「ウサギ狩りは、この瞬間が楽しいねぇ」、と
口々に言い、素手で村娘を殴り、蹴りました。
相手が五人なのでろくに抵抗もできないままも村娘は撲殺
されてしまいます。
恍惚とした顔の彼ら。その奥でぞろりと、何かが動きました。
気が付くと私は叫び、立ち上がってドアの方に駆けだして
いました。
何故か自衛隊員が、咄嗟に飛び出そうとした大学生達を
抑えて何事か言っています。私をちらりと見て、「ウサギ
狩りはまず、ウサギが逃げなければ始まらない」、と、大学
生達と同じように、にやぁり、と笑うのです。
私は夢中で、ドアを開け…そして凍り付きました。
ブギーポップ、が。
そこにいたのです。
凍り付いた時間は、ほんの一瞬でした。ブギーポップが
部屋の中にはいると、彼らは恐怖に顔を引きつらせて
「こんな筈では!」と叫んでいます。
「さぁ、早く逃げなさい。安全なところへ!!」
ブギーポップが振り向きざま私にそう叫び、私はハッと
気を取り直して建物から走り出ました。
「気を付けて!」というブギーポップの言葉の意味は、私が
山を下りようと、道路に走り出たときにわかりました。
必死になってくねくねとした道路を、真っ暗なまま走っている
と、後ろから声が聞こえるのです。
それは、卒業式の日……つまり今日です……に、職員室
から教室に帰るとき聞いた、あの声でした。
「逃がさない…」と声がアタマに響きます。ズルズルと、
何かを引きずるような音が、私を追いかけてきます。
私は、その音が、神のものであることを悟りました。
白井先生は、生け贄になったのです。そう、この山に巣くっ
ている、何者か。おそらくは神としてふもとの町で信仰されて
いる土地神でしょう。
だから、蛇なのです。
幸い、土地神の足はそんなに速くはないようでした。私は
つかず離れずの距離で追われ、息が止まりそうです。
後ろから、「しまった!」と言う声が聞こえました。ブギーポップ
の声です。同時に、大学生と自衛隊員の彼らが、私を追う、
追っ手に加わったことを理解しました。
私は暗闇を利用して、道路脇の土手に伏せました。遠くから
彼らの怒声が響き、私は恐怖のあまり土手を匍匐前進して
町に向かいます。
脳裡に、彼らは今日のこの日を、ループしているのだ!と
いう仮設が浮かびました。
白井先生の死に方は、多分、あのビデオが真実なのです。
あの時代に土地神への生け贄にされた白井先生は村人に
殺されたのです。しかし、土地神にとっては、贄に逃げられる
ギリギリのところで捕まえ、倍に膨れ上がった絶望こそが
御馳走。
勝手に村娘を殺した村人達にも怒り、その日を永遠に繰り返
す呪いをかけたのでしょう。
村人は自分達を呪い、土地神の報復を恐れ、手を変え品を
変え、新しい生け贄を土地神に捧げ続け…村はいつしか
生け贄を捧げなくなり、町に発展。しかし信仰だけは残って
います。
時間から取り残された六人の村人は、毎日毎日、新たな
犠牲者を求めて同じ行動を取り続ける…。
恐怖に押しつぶされないよう、必死で私は考え続けます。
じりじりと草を握って進み、下の状況を確認。
後ろ1Kmのところで、村人達とブギーポップが闘っています。
その、さらに後ろにはぞろりとした黒い影。土地神です。
目立たないようにこっそりと進んで行くうちに、ふもとへの最後
のカーブが見えてきました。
しかし、土砂崩れてしていて、とても進めそうにありません。
崩れた向こうには彼氏がいて、必死に土をどけようとしています。
彼は、私の様子がおかしかったので取りあえず帰るフリをして、
ふもとの山に一泊。何故か夜中に目が覚めて、胸騒ぎの
中、私に会いに来ようとしていたところだったのです。
ブギーポップが村人を足止めしているのですが、土地神まで
は止められません。
後ろに、息づかいが聞こえるほどに後ろに土地神が迫って
きます。
早く、早く……。
彼氏の車の色が、元通りになったさまが見えます。
土地神は私に手を伸ばしてきます。
早く、早く……。
そして、恐怖と焦りの中。
目が覚めました。
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