本当に、欲しい物
                       野崎

読み差しの本をパタリと置き、ドラえもんは目を閉じた。
採光のいい、この部屋の窓際は壁を背もたれにするにも
具合が良く、日中はのび太とドラえもんのソファーになっている。
眩しい太陽がドラえもんの光センサーを直に灼き、視界は白。
遠くでは、ママさんが掃除機を掛ける音がする。

のび太が学校に行き、ママさんが昼食の前に掃除を始める。
……もうそろそろ、屋根づたいに「みぃちゃん」が来る頃だ。
近所でも評判の、美人な女友達。
こっそりとおねだりしてママさんに貰った、かつおぶしの欠片を
確かめて、ウキウキする心をたしなめる。

この時間が、ここ最近のドラえもんの一番のお気に入りだ。


暖かい日差し、美人の友達、怒ると怖いけれど、本当は優しい
ママさん。穏やかなパパさん。
そして、のび太の友達。

彼らのことを思うと、穏やかな気持ちになれる。そんな人達。


じゃあね、と言ってみいちゃんと別れると、ドラえもんは玄関
から家に帰る。ママさんにお使いものがないか聞いて、
たまに内容によっては、のび太と出掛けることにする。
部屋に上がって、読み差しの本をもう一度手に取る。太陽はもう
だいぶん赤くなり始めていて、のび太が帰ってくる時間も、
もうすぐだ。
本を手に取ったまま、ドラえもんは目を閉じる。

穏やかな時間に憧れるのは、それがもう、手に入らないことを
知っているから。


ドラえもんはもう、自分の気持ちに気が付いている。


目を開ける。遠くからのび太の声が聞こえる。
「…本当に欲しい物は、いつだって」
手に入らない。
呟いて、ロボットとは思えないような自嘲の笑みを浮かべる。

それが、近くにあればあるほど。
手に、一度は入れたのだ。と自覚していれば、いるほど。

「あれが、欲しいのに」

うっすらと笑いながら、もう何度も読んだ本を片手に座る。
玄関から、けたたましいのび太の泣き声が、聞こえてきた。



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