第1回 韓国公演 -韓国公演までの軌跡-

2002年9月
 2003年は、沖縄か海外(韓国)での公演を経験してみたいと考え始める。
 以降、ずっと実現するにはどうしたらいいか考え、韓国に知り合いのいる友人などに相談する。

2003年1月
 「韓国公演を実現させたい」とDANパネ団のメンバーに度々話し始める。

2月13日
 「パネっこ」に韓国の短期留学生が1日参加。通訳として参加したソンヨンさん(別大3年)が特にパネルシアターに感動し、パネルシアターの勉強をしたいと言い出す。7月に韓国公演をしたいと話すと、もし実現したらその時は通訳としてついて来てくれると言う。
 ますますやる気が出てくる。「願えば叶う」とつくづく思う。ますます出会いに感謝。

3月6日
 「パネっこ」にて
 ソンヨンさんと打ち合わせ。公演先や場所(できれば釜山がいい。近いので)について話し合う。テグに幼稚園の教師をしている友達もいるので公演先も探してくれると言う。「野に咲く花のように」の翻訳を頼む。

3月13日
 「パネっこ」にて
 ソンヨンさん、テグでの公演先を探してきてくれる。7月24日(木)か29日(火)。まだ確定ではないが・・・。
 「野に咲く花のように」の翻訳もしてきてくれる。→ 以後、自宅や車の中で練習に励む。

3月24日
 韓国の公演先へのパネルシアターの説明文とDANパネ団の紹介チラシ作成。

3月18日
 7月24日にテグの幼稚園と教会で公演が決まったとソンヨンさんよりメール。
 早速、仕事の後、JTBに電話をし、旅行について相談する。

4月10日
 「パネっこ」にて
 ソンヨンさんが紹介チラシを韓国語に翻訳してきてくれる。少しの手直しが必要だが、ほぼOK。次回、清書した文書を確認の後、公演先にFAXする予定。
 「だんご3兄弟」の翻訳もしてきてくれ、ダニエルと練習。発音が難しい。
 「野に咲く花のように」は、韓国人みたいとソンヨンに褒めてもらう。褒められると、ますます高い木に登るぼく(なべ)であった。

4月17日
 「パネっこ」にて
 ソンヨン、紹介チラシの清書を持ってきてくれる。明日、ウナス幼稚園にFAXする予定。
 教会の方は、まだ正式に決まっていないらしい。
 ウナス幼稚園は、夏休みをDANパネ団の公演のためにずらしてくれた。公演の後すぐに夏休みになるらしい。またホテルに迎えの車をよこしてくれるとのこと。ありがたい。
 韓国ツアーの打ち合わせもダニエルとソンヨンさんとする。韓国の食事は500円くらいあればいいらしい。安い。
 「だんご3兄弟」の1番だけ覚えていったら、ソンヨンが驚いていた。発音もいいらしい。大変褒め上手。やる気が出る。おだてりゃ、ブタも木に上る。

4月18日
 ウナス幼稚園にFAX。
 ソンヨン、ウナス幼稚園に確認のTEL。会場、キーボード、ホワイトボードOKの返事。
教会も公演OKだが、牧師さんが試験で忙しいのでしばらくたって詳しい打ち合わせをすることになったらしい。紹介チラシのFAXだけは、来週末頃に送る予定。
 DANパネ団の練習中の話し合いで、伴奏者よりキーボードは弾き慣れたのがいいという話が出たので、キーボードは持っていくことになる。

4月21日
 JTBより見積もり(旅行日程)が届く。なかなかいいホテル(特1級)で少々高いが、とりあえず予算内だし、初めて韓国に行く人もいるので、これに決める。
 ただ今大流行しているSARSが心配。

5月15日
 「パネっこ」にて
 韓国語で「野に咲く花のように」「だんご3兄弟」「ブタくん街道を行く」を歌って聞かせる。ソンヨンからOKがでる。やったあ!

5月17日
 日田市地域子育て支援センター公演に、韓国公演のイメージ作りのために、ソンヨン参加。始めてみる公演に感動していた。楽しかったことで、かえってプレッシャーを感じているらしい。

6月28日
 強化練習日
 10:00〜16:00 全員そろって、まずはソンヨンから韓国語の特訓を受ける。前途多難だが、これからの頑張りできっとどうにかなる・・・はず。
 韓国語で歌いながら絵人形を動かすと身体が覚えているらしく、結構うまく動かせる。しかしかなり長い時間自主トレに励んでいたぼくでさえ、実演の途中で歌の意味を考え始めると、頭の中で韓国語と日本語が交互に流れ出し、「混乱」という言葉が津波のように押し寄せてきて、すべてのタイミングが狂う。
 やっぱり前途多難。

7月9日
 ソンヨン、急な用事で練習や公演を気にしながら急きょ帰国。

7月14日
 韓国のソンヨンから電話。家族からも公演に行っておいでといってもらい、23日に釜山で待っているとのこと。ぼくらとしては大変ありがたい。ソンヨンなしでは、公演がままならなかっただろう。

7月19日
 韓国にいるソンヨンに電話をする。「ソンヨンシー プッタ カムニダ」というと「ソンヨンです」と帰ってくる。ほっとして、まだ日程がはっきりしないことを伝える。
 考えてみると、初めて自分からかける国際電話だった。ちょっと緊張。
 プログラムに韓国の童謡「故郷の春」を取り入れることになり、下絵を描き続けてきたが、やっと下絵が完成し、絵人形の作成に取り掛かる。

7月20日
 古宇田先生より、激励の電話。誰から聞いたのか、とても励まされた。ついでにトランス(変圧器)のことやブラックライトが壊れたことはないかなど、ちょっと心配していることを訊ねることができた。古宇田先生は8月中旬、ドミニカへ行くらしい。もしよかったら・・・と誘っていただいたが急な話なので行けそうもない。残念。その分しっかり韓国で、海外公演を楽しんでこよう。
 今日やっとJTBより、ダイレクトメールで最終の日程表などの必要なものが届く。ちょっと遅すぎる対応に腹を立てる。
 すぐにソンヨン宅に電話すると男性が出る。ちょっと緊張し、「え〜っと〜。あの〜、ソンヨンシー、プッタ カムニダ」と言う。相手の男性も何も言わずすぐにソンヨンと代わる。ちゃんと「チョヌン わたなべ イムニダ」とはじめに名乗ればよかったと後悔。
 「故郷の春」やっと完成

7月21日
 最後の練習。
 それでも、みんなあまり焦りを見せないのは、いいことなのか?
 集まってまずしたことは、旅行日程の確認と持ち物調査。パスポートだけは忘れない・・・など、修学旅行の引率教師のようなことをしながら、食い物の話や観光の話に脱線しながら、午前中が終わろうとしている。
 これではいけないと、出来立てほやほやの「故郷の春」の練習に取り掛かる。演じることになったやまちゃんも出来栄えに満足した様子で、しつこく繰り返す練習にもうれしそうに取り組んでいた。
 午後からは、初めてで最後のプログラム通りにながす練習。ソンヨンが絡む作品については練習できなかったが、韓国語を話せない変な日本人(ダニエル)がおかしな韓国語を話しながら進めるという設定の作品なので、練習しない方がかえっていいのかも。
 ぼくらが話す韓国語を理解してもらえるかどうかは別として、どうにか公演が成り立ちそうなので、みんな満足顔。
 さあ、あさってはいよいよ出発。やまちゃんは、おいしいものが食べられると大喜び。


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